箱の中のミライ
華川とうふ
おうち時間はのんびりデート
ガタンッ
不意の物音に驚いて、俺は天井を見上げる。
どうやら、
俺は
「……ん? たっくん? おはよー」
小動物を思わせる可愛らしい声がむにゃむにゃいいながら、電話越しにささやいてくる。
ちょっと可愛らしくて固まる。幼馴染なんだから小さい頃から知っているんだから、慣れているはずなのにその甘やかな声は俺の耳の中をゆっくりと流れ込んできて頭の中が何か甘い花の蜜で一杯にされたみたいにクラクラする。
これが、自分の
「あーあ。結局、緊急事態宣言延長かあ〜」
俺が固まっているので、リカが適当に話し出す。電話越しでも俺の様子を分かって気まずくしないのは、流石付き合いが長いだけある。
「リカは楽しみにしてたもんな、ごめん……」
俺はリカの落胆した声にいたたまれなくなって、謝る。すると案の定。
「たっくんのせいじゃないよ」
とリカの優しい声が返ってくる。
約束していたのだ。付き合って初めてのデート。
実は俺たちは最近こっそり付き合いだした。
誰にも言っていない。
誰かにみられるのも照れくさいし特別なものにしたかったから。
俺たちは、初デートで行くと別れるといわれている隣県のテーマパークに行くことを。
チケットだって取っていたけれど、流石にチケット入手のために暮れかが必要でウチの父さんにはリカと一緒にでかけたい旨を話していた。父さんは、難しい顔をしていて、「何かあったら洗面台の下の箱を空けるように」とだけ言っていた。
別に何もないので、洗面台の下は空けていない。というか、洗面台の下に小さな扉があって物が入れられるようになっていることをなぜだか俺は忘れていた。
なんかよく分からないけど気まずい思いまでしてリカとのデートの準備をしたのにも関わらず、緊急事態宣言が延長ならということでデートは延期となってしまった。
「はあ~、ねえ。今、部屋?」
スマホの向こうのリカの声がちょっとだけ弾む。
これは何か面白いことを思いついたときの声だった。
「いや、台所。でも、誰もいない」
そう、父さんも継母もでかけている。休日出勤っていっていたような気がする。
「じゃあ、これ作ってみてよ! リンク送るね」
リカが楽しそうに言うので、画面を見てみると、『おうち時間が楽しくなるすごしかた』なんて記事がうつしだされた。そのなかの一番上に『美味しくて簡単ごはん』と言う見出しでレシピが書かれている。
「なんだよ、これ~」
俺はちょっと拗ねた声を出す。すごくおいしそうだけれど、俺は家事なんてさっぱりだ。
「いいじゃん、結婚したら家事は半分こなんだから」
「俺、掃除と洗濯と風呂洗いで」
「もうっ」
ちょっとだけ軽口をたたく。
「お前が作りに来てよ」
「えー、ステイクールだよ……たっくん」
「ステイホームな。リカ、まだ布団の中にいるだろ。声がくぐもってるぞ」
「ばれたか」
声だけで、
俺はスマホの画面とにらめっこしながら、料理をする。
意外と難しくない。
包丁で皮を剥いたり、小さく切ったりしない。
最低限の下ごしらえをして、大きめに切って、炊飯器に放り込むだけ。材料も我が家の冷蔵庫に全て揃っていた。
炊飯器がシュンシュンと音を立てる。
「うーん、良い匂いがする~」
リカがスマホ越しに歌うように言う。
「そこからじゃ匂い分からないだろ」
「わかるもん!」
「じゃあ、食べにくればいいのに」
リカは画面ごしに「むう~」と悩んでいるのかふくれているのか分からない声をあげる。そして、消えそうな声で「ステイホームだもん」とつぶやく。
タン、タン、タンッ
階段をスリッパの底が叩く音が聞こえた。
義妹の足音だ。
タイミングがいい。
俺はリカとの通話を切る。
ちょうど、できあがった料理を皿に盛り付けたところだった。
義妹と一緒に料理を食べる。
食べ終わって、二人でソファーでくつろいでいると、義妹はごろんと俺の膝の上に頭をのせてきて甘える。チャンスだと思い、
「皿洗い、頼んで良い?」
と聞くと、コクンと静かに頷く。
妙に素直だ。何かしら文句をいってくるかと思ったのに。
義妹と俺はおうち時間をゆっくりすごした。
『おうち時間が楽しくなるすごしかた』とリカが送ってきた記事に書いてあることを端から実践していく。
まだまだ、ぎこちないところもあるけれど、一緒にゲームをしたり。ソファーでうたた寝したり、子供の頃のアルバムを眺めたり。
あっという間に時間が過ぎていく。
特にアルバムをめくるとき、義妹の目はきらきらしていた。
「こんな写真会ったんだ~これ、私?」
俺のアルバムの写真を指さしながらキャッキャッと楽しそうにしている。
一通り遊んで、俺たちはふと手持ち無沙汰になる。
なにか忘れているような……。
「そういえば、洗面台の下に扉あるのって知ってた?」
すると、義妹は驚いた顔をする。
ほら、知らないのは俺だけじゃない。と思った瞬間、
「今まで、気づかなかったの?? 家事とかさっぱりだと思ってたけどこりゃだめだ」
あきれた顔をして義妹は首を振った。
「えっ、お前知ってたの?」
「これは、将来、奥さん苦労しますなあ」
なんていって、からかってくる。
俺は恥ずかしくてクッションに顔を埋めてごまかす。
そして、ふと、父さんの言ったことが気になりだす。
洗面台の下に何かあるって言ってなかったか?
俺は義妹の手を引っ張って、洗面所までいく。
確かに、洗面台の下の小さな扉をあけるとそこには真っ白な箱が置かれていた。
なんだろう。
子供の頃に読んだファンタジー小説だと、ここから勇者の印とかでてきて、ファンタジー世界に行って冒険の旅にでることになるだろうし。ホラー小説とかなら、ここから人間の指がでてきたりするのかもしれない。
俺は思い切って、箱をあける。
よくよく考えたら、上の二つどちらであっても義妹を巻き込むべきではないのかもしれないけれど。
真っ白な箱を空けた瞬間、
「「あっ」」
俺と
そこにはコンドームがあった。
俺と
箱の中のミライ 華川とうふ @hayakawa5
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