情熱と失意

 それ以来、智子は休日には欠かさず小説を書くようになった。平日でも小説のアイディアを考え、それを文章に出来る日を心待ちにした。

 それは恋人と過ごすような濃密な時間だった。執筆をしたいと思えば、休日でも自然と早く起きることが出来た。少しでも長く物語の中で過ごしたくて、食事や家事を手早く済ませてはパソコンの前にすっ飛んでいった。夕方、日常に戻る時間が来ると途端に寂しい気持ちに襲われ、次に書ける日を指折り数えて待ち焦がれた。

 それほど執筆に夢中になった智子が、再び作家を目指したいと考えるようになるのに時間はかからなかった。

 もちろん最初はためらいがあった。作家を志望する人は数多くいれど、それで食べていける人間はほんの一握り。今の恵まれた環境を捨ててまで、リスクのある選択をするべきではないと言う自分がいなかったわけではない。

 それでも智子は、せっかく再燃さいねんした自分の想いを無下にすることは出来ず、新人賞に応募することを決意した。執筆を再開してからちょうど1年がたった頃だった。

 以来、智子は他の時間を極力廃して執筆に専念した。友達からの誘いも断り、遊ぶ時間は減ったが、それでも不満は感じなかった。自分は夢に向かって躍進やくしんしているのだという感覚が、智子にいつにない活力を与えていた。

 だが、そんな活力に満ち溢れていた智子の心も、一次選考の結果を知った途端に虚無感に包まれることになってしまった。

 初めて書いた小説らしい小説。半年かけて書き上げ、自分ではまずまずの出来に仕上がったと思っていた。その作品があっけなく落選した。その事実が簡単には受け入れられなかったのだ。

 倍率が高いことは知っていた。それでも一次選考くらいなら通るだろうという仄かな期待があった。これだけ時間と労力をかけて書いたのだから、ある程度は評価されるはずだという自信があった。

 だが、そんな智子の甘い見通しはあっさりと裏切られることになった。あまりにショックだったので、それから数日間は何も考えることが出来なかった。

 自分が落ち込み過ぎだということは智子にもわかっていた。最初の作品でいきなり新人賞を受賞して、華々しくデビューするなんてそれこそ小説の中の話で、多くの作家は何度も落選を重ねた先にようやく日の目を見るのかもしれない。

 でも、自分が落選した事実を目の当たりにするたび、智子はどうしても考えてしまうのだ。自分には才能がないのだと。

 選考を通過した作品を読むと、自分の作品の方がよっぽど面白いのにと思うが、それでも負けたのは自分なのだから結局惨めな気持ちが募る。はしにも棒にもかからない作品を書いて、膨大な時間を無駄にしたと情けない気持ちになる。少しでも気を紛らわせようと読書をしてみるが、今度はプロとの実力の差を見せつけられるような気がして、大好きだったはずの読書でさえも次第に遠ざけるようになった。

 そうして智子は、しばし失意の日々を送ることになったのだった。

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