いじめられて絶望し、自殺した僕を好きだった双子のもう戻れないその後のお話

くろねこどらごん

第1話

僕にはふたりの幼馴染がいた。

双子の女の子であるふたりとは同い年で、高校生までずっと一緒に過ごしてきた。


だけど、それが僕にとって幸福なことであったかと言われたら、首を振らざるを得ないだろう。

双子の妹である瑞香はまだ良かった。仲がいいとは言えなかったけど、それでも合えば挨拶するしそれなりに話せる間柄。どこにでもいる、ごく普通の幼馴染であったと思う。


問題は姉のほうにあった。双子の姉である実果城瑞乃は、僕にとにかく辛辣で、いつも冷たく、そして鋭利に僕の心を抉ってきたのだ。


彼女に死ねと何度言われたことだろう。気持ち悪いとも言われた。

なんで生きてるのなんてなじられることはいつものことだ。

顔を合わせれば、いつだって彼女に罵倒されていたような気がする。


それが特にひどくなるのは、瑞香と話した後だった。

瑞乃の妹である彼女と話している姿を見られると、必ず機嫌が悪くなるのだ。

その荒れ様は筆舌にし難いものであり、時として直接的な暴力に及ぶことすらあった。


あの子にもう近づくな。口を聞いたりもするなと、恐ろしい剣幕で悪鬼のように迫ってくる幼い瑞乃の姿は、今でも時たま夢に見る。

その時はいつもベットから飛び起きて、背中がぐっしょりと濡れていた。

思い返すだけで身震いし、体の震えが止まらない。涙すら溢れてきそうになってしまい、朝になるまで布団の中で蹲るのが、僕にとって記憶の中の彼女から身を守る唯一の手段だった。


だけど、朝を迎えたら玄関のチャイムが押される。

そしてドアを開けた先には、瑞乃が―――


僕の逃げ場なんて結局、どこにもありはしなかった。



身長はとっくに瑞乃のことを追い越していた。

目線だって僕の方が上で、実際に本気を出せば勝つことは出来る。怯える必要なんてどこにもないと、心のどこかではわかってた。


だけど、そんなのは所詮自分を慰めるための言い訳に過ぎない。

吹けば飛んでいくビニール袋のような、薄っぺらい自尊心だ。

いくら取り繕ったところで、実際に瑞乃が目の前に立ったとき、全てが瓦解してしまう。


綺麗で整った顔立ちから放たれる怜悧な視線。それはこの世のどんな物事より、僕の心に恐怖を刻み込んでくる。

身がすくみ、心が縮こまってしまうのだ。身体は高校生になったのに、心は小さかったあの頃に戻ってしまう。

彼女になじられ、苦しめられたその後に、ごめんと一言口にするけど、心の中では何度も何度も謝り続ける自分がいた。


ごめんなさいごめんなさい。もう許してくださいと。

昔の僕が膝を抱えて謝って、今の僕はそれを見つめることしかできずにいる。


僕じゃ僕を救えないのだ。

だって、僕は昔からなにも変えることができていないのだから。


なら誰かに救いを求める?そんなことはできない。

幼馴染の女の子にずっといじめられ続けて、辛いから誰か助けてくださいと、そう馬鹿正直に誰かに相談しろと、そういうのか。


できるはずもなかった。両親にだってこのことを話したことはない。

猫かぶりが上手で、大人の前ではいつだって気が強いところはあるけど快活な女の子を装ってきた瑞乃。

気が弱く、大人しい息子は彼女に手を引っ張ってもらうことでここまでこれたと、彼らは本気で信じているのだ。


実際はそうじゃない、確かに生来気弱な性格ではあったかもしれないが、それに拍車をかけたのは間違いなく幼馴染のせいだ。

だからあの子と距離を取りたい、離れたいと、そういえたらどんなに良かったことだろうか。


小さい頃の僕は良い子だった。

それは性格がいいとかじゃない。大人にとって、都合のいい子という意味だ。


僕の両親からも可愛がられる瑞乃を見て、僕が我慢すればいいんだ、そのうち瑞乃だって変わってくれるはずだと無理矢理自分を納得させ、そしてそのまま関係を続けてしまった。

それが全ての間違いであることに気づかないまま―――結局、人は変わらないのだ。

それが当人にとって都合のいい環境なら尚更。少し瑞乃の視点に立って考える頭があったなら、すぐに気づけたものを。



これは結局、清水原直哉という人間が馬鹿だったというだけの話。

僕がなにより絶望しているのは、自身の性根。変えられない気質に他ならない。

自分を変えることができるのは強い人間だけなのだ。弱い人間だと普段自嘲している漫画やラノベの主人公だって、なんらかのきっかけがあり、変わっていくことはあるけど、それはその人に踏み出す勇気があったというだけの話。


僕にそんなものはない。これから勇気を育てることだってできないだろう。

僕はもう疲れたのだ。だからこうして首に縄を巻きつけている。

ホームセンターで買ってきた数千円もしない固い感触の鋼線が、文字通り僕の命綱だった。


「こういう踏み出し方しか、出来ない人間だったんだな…」


これが最後に紡ぐ言葉になるんだろうか。だとしたら僕はやっぱりどこまでいっても弱い人間だ。

ここで命を断つ選択をしたのはやはり正しかったのだと確信する。

……いや、これも所詮言い訳なのかもしれないな。やっぱり手は強く震えてた。

それでも足をあげるくらいのことはできる。これまたホームセンターで買ってきた脚立から足を踏み外そうと、僕は僅かな、だけど確かな一歩を踏み出す。

一万円もかからず死ぬための道具が揃うなんて、現代社会はなんて便利なんだろう。これが僕の命の値段なんだとすれば、むしろ嬉しくすらある。


「…………さよなら」


最後の呟きは、いったい誰に向けてのものだったのか。

それを一瞬考えるも、僕の意識は奈落に通じる道のように、感覚のない暗い闇へと落ちていった。














「そんな―――」「なんで―――」「自殺だって―――」「嘘でしょ―――」


ガヤガヤと声が聞こえる。クラスメイト達の声だ。

耳を傾けてるつもりはないのに、自然と聞こえてきてしまうくらい、教室内ではある話題に注目が集まっていた。


「それって、やっぱり―――」「シッ、きこえ―――」


その内容は私にとって耳を塞ぎたくなるようなもの。アイツに関する話題にほかならない。

普段のあたしなら、きっとその場に乗り込んで話をやめるように言うだろう。

アイツのことに触れていいのはあたしだけなのだから。それは例え妹であっても例外じゃない。


あたしが直哉のことを一番愛していたのだ。だというのに、アイツはすぐに他の女の子に目を向ける。あたしだけを見てればいいのに、同じ顔をしているからって瑞香を見るなんて許さない。


そう思って、ずっとずっとあたしだけを見るようにさせてきた。

アイツの視線の先にはいつだってあたしがいて、あたしにも直哉しかいなくって、そのはずだったのに―――





「お前のせいだ!!!!!」


気付いたら、私は突き飛ばされていた。

元から気力を失っていたあたしは呆気なく机ごと巻き込んで、椅子から転がり落ちていく。

どこからか悲鳴があがったような気もしたけど、生憎痛みは感じなかったから、そこまで心配なんてしなくていいのに。


もしかしたら直哉のところにいけたかもしれないけど、残念なことに伝わってきたのは床の冷たい感触だけでしかない。

それがなんだか心地よく感じてしまい、少し横たわっていたかったのだが、すぐに引き剥がされてしまう。

すごい力だ。男子かなと思い目を向けると、そこにはあたしと同じ顔が存在していた。意識することなく、その子の名前は口からこぼれ落ちた。


「みず、か…」


「姉さんが…お前が、直哉くんを殺したんだ!この人殺し!」


あたしの双子の妹、瑞香が凄まじい形相であたしを睨みつけてくる。

襟元を掴む腕にも力が入っていて、グイグイと締め付けれていく。

直哉のように大人しい子だったのに、こんな顔ができたんだと、一瞬場違いな想いを巡らせた。


「ちょっ…美果城さん、落ち着いて…!」


「アンタが!アンタが直哉くんを追い詰めるからぁっ!いつもいつもいじめるから!私が直哉くんと話してるといつも割って入ってきて!子供みたいにすぐ機嫌が悪くして直哉くんに辛く当たるから私は距離をとったのに、全然良くなんてならなかった!」


瑞香の後ろから他の生徒が止めようとしてくるけど、この子はまるで聞く耳をもっていない。

瑞香にはあたししか見えていないみたいだ。そういう意味では、あたし達やっぱり双子なのかな。気になった人がいたら、その人以外見えなくなってしまうのだから。


「瑞香、もうやめてよ!こんなことしたって、なんにも…!」


「こんな…こんなことになるんだったら…!」


でもこれって、都合のいい考えなんだろうか。

だって瑞香なら、直哉のことを追い詰めたりしなかったはずだもの。

あたしみたいに性格が悪い子じゃなくて、自分から身を引ける子だった。

そのことに気付かず、ずっと敵視していたあたしってすごく馬鹿みたい。

あ、違うか。あたしは馬鹿そのものだ。だって―――



「私が―――姉さんを殺しておけばよかった!!!!」



そんな優しい妹に、こんなことを言わせてしまう姉なんだから。



「直哉くんを返して…返してよ…私の好きだった人を、返してよぉっ…」


気付けば瑞香は手を離して、ゆっくり崩れ落ちていた。

それをクラスメイト達は支えているけど、あたしはひとり、床にペタンと腰を下ろしたまま。


「うぇ…うぅうう…あああぁぁぁ…」


ああ、本当にあたしは最低な姉だ。

泣きじゃくる妹を見て、なんであのままあたしを殺してくれなかったのかと。

そんなことを考えてしまうのだから。


「ぅ、ぁ……」


気付けばあたしの目からも涙がこぼれ落ちていたけれど、それに気を留める人はやっぱり誰もいなかった。


「ごめん、なさい…」


この呟きも、いったい誰に向けてのものなんだろう。

その答えは、きっと一生わかることはない。


だって応えてくれる人は、もうどこにもいないのだから

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