メリーさんから電話が掛かって来た十分後、緊急事態宣言が発令された件

七四六明

メリーさんから電話が掛かって来た十分後、緊急事態宣言が発令された件

 メリーさん。

 今時となっては古くなってしまった怪談。


 突如としてメリーさんを名乗る人から電話が掛かって来て、徐々に自分のいる場所に近付いて来る。最後には自分の家にいたり、自分の背後に潜んでいたりと、語り手によって結末は様々。


 そんなメリーさんから今日、僕の携帯電話に電話が掛かって来た。


『もしもし、私メリー。これから、君のところに行くね?』


 メリー、と聞いて頭の中の履歴を探るが、該当する名前はない。

 ならば出会い系――いや、そんな登録はしていないし、仮に登録していたとしても、英語の成績が悪い僕に、メリーさんはハードルが高過ぎて選ばない。


 ならば単純に、悪質ないたずら電話の可能性が高い。

 番号は非通知。怪談に則れば、再び電話が掛かって来るはずだが。


 ~十分後~


『ただいま、総理大臣より緊急事態宣言の発令が決定されました』


 あぁ、ついになったか。

 三日前くらいからやるかやらないか、みたいなニュースをずぅっとやってたが、ようやく――などとTVを見ていると、再び、携帯電話が鳴った。また、非通知だ。


『もしもし、私メリー……君のところ、行けなくなっちゃった! どうしよう?!』


 落ち着いて下さい、(自称)メリーさん。


 とりあえず僕はそのまま、メリーさんを名乗る人と少し話した。


 このご時世だし、緊急事態宣言も一時的にだけど解除されて、せっかく他県との行き来が出来るようになったのだから、誰かと会いたかったのだと。

 まぁ、さすがに僕のSNSから住所と電話番号を割り出したと聞いた時には、一一〇の番号が頭を過ぎったけども、SNSから僕の親戚が警察官である事も知っていたし、緊急事態宣言を無視する事なく「どうしよう」なんて電話して来る辺り、悪い人には思えなかった。


 とにかく話の流れで、僕もメリーさんのSNSを教えて貰って、フォローして、友達追加して、僕の電話帳にメリーさんが追加された。


 その日から、僕とメリーさんのやり取りが始まった。


 基本的にSNSのダイレクトメッセージで、最近の互いの近辺とか、世間に出ている情報とか他愛のない話から始めて、日数が経過する毎、僕らは少しずつ、いわゆるプライベートの部分を探っていった。


 まずは僕。


 先にも言った通り、僕の親戚には警察関係者がいる。しかも三人。

 五つ年上の兄まで警察官になった事で、家族の間で、僕の将来も警察官にしようと言う空気があるけれど、僕には違う夢がある。


 僕は、医者になりたいのだ。このご時世、人の役に立ちたい。

 けれど決意を固めたのは最近の話で、それまで勉強なんてほとんどしてこなかった不真面目な学生だったから、両親からは諦めろと言われている。

 いや両親よ、それは兄を含めた現職の警察官に失礼ではないかと思いつつ、僕は今年度の医大入試を目指して猛勉強中だ。


 一方、メリーさん。


 メリーさんはどうやら、僕の同士らしい。

 僕は医大に向けて猛勉強する傍ら、アニメや漫画などが大好きなヲタクだ。

 メリーさんもアニメや漫画、ライトノベルなんかが大好きな隠れヲタクで、SNSで僕が話題に出す作品の数々が、メリーさんも大好きらしい。

 流れで好きな作品の話になると、これ以上なく盛り上がった。

 学校の友達には通じないようなディープな内容でも平気で付いて来てくれるし、向こうも僕が付いて来てくれるので楽しいと言ってくれた。

 まぁ、メッセージなんだけれど。


 で、作品のディープな内容を話して打ち解けたついで、メリーさんが自分のディープな部分。つまりは内情を教えてくれた。


 メリーさんは中学の頃から不登校で、今も通信制の学校に通っているらしい。

 誰かに会おうと思ったのも、根っからの人見知りを治したい自分への荒療治だそうで、SNSで同じ話題が話せて、尚且つ安全そうな人――つまりは、身内に警察と言うこれ以上ない安心感のある存在がいる僕の元へ行こうと意を決したのも、すべては、過去の自分と決別するためだったのだそうだ。

 曰く、彼女には夢と言うべき夢が無く、共通の趣味を持つ僕がどんな人間で、どんな夢を持っているのか、直接会って話したかったのだと。


 そんな話を聞いたものだから、僕はメッセージじゃなく、登録したばかりのメリーさんの電話番号に掛けて、直接言った。


「メリーさんは変われたよ」


 そう言うと、メリーさんは電話の向こうで泣いていた。

 最初は気付かなかったけれど、僕と同じくらいの歳の青年が、泣きじゃくる声だった。


 それから、僕らはSNSでも同時、電話でもやり取りをするようになった。

 相手はメリーさんなのだし、ようやくメリーさんらしくなったとも言える。

 そして僕は、メリーさんと会う約束した。

 もちろんお互いに落ち着いて、緊急事態宣言も解除された頃。ちゃんと顔を合わせて話そうと決めた。


 それまで僕らは、お互いに家でやれる事をやろうと決めた。

 僕は言うまでもなく、言われるまでもなく医大合格を目指して猛勉強。

 メリーさんも今後の方針を決めるため、あれこれと自分に出来る事を模索して、頑張っているみたいだった。


 学校にも行けない。バイトも行けない。外出するなと言うのが緊急事態宣言。

 半年近くそんな生活をしていたから、メリーさんはわからないけれど、少なくとも僕にとってはメリーさんとやり取りを交わしながら頑張り続ける毎日が、不真面目に学校に行き続けていた去年までの自分との決別になれている気がして、頑張れた。


 始めは孤独な戦いだった。

 僕は家族から応援されていなかったし、部屋では誰とも関われない。

 友人は応援すると言ってくれていたけれど、何かと自分の事ばかりで、僕の事を話せば「おまえはいざとなれば警察官になれるだろ」なんて言ってくるものだから、腹が立ったりもした。

 兄とはそこまで仲良くないし、仮に良くてもコネで警察官なんてなれるはずもない。

 警察官舐めんな、と警察官でもないのに腹が立った。


 それに基本的な勉強もそもそもやっていなかったのだから、医学なんてほとんどわからなくて、嫌になっていた。

 誰とも会えない。誰も味方になってくれない。

 僕は家で一人、孤独に圧し潰されそうになっていた。


 そんな時に掛かって来た、メリーさんからの電話。

 始めは悪戯だと思っていたけれど、気付けばメリーさんとのやり取りが、毎日の僕の支えになっていた。

 その場にこそいなくて、僕もメリーさんも家に居たけれど、僕らが過ごす時間の中には、必ずお互いの存在がいた。


「いい加減にしろ! 何が医者だ! おまえみたいな中途半端な奴が、なれるものか! 今の今まで遊んでいた奴が、この程度の成績で!」


 突如、話があると父に呼び出された。


 どうやら、僕が毎日メリーさんとSNSでやり取りをしている事を、遊んでいるものと思っていたらしかった。

 誤解を解きたかったけれど、メリーさんの内情は僕とだけの秘密だ。反論しようにも持たされた言葉は少なく、父の誤解を解けるようなものではなかった。


「このご時世、確かに医者になれば食いっぱぐれはないだろうが、甘く見過ぎだ。世間の役に立ちたいのなら、もっと他のやり方で役に立て! そんなどこの誰ともわからない奴と喋って何になる。!」


 僕は生まれて初めて、父を殴った。


 サリーさんの事を知りもしない癖に、あの人を罵倒した父が許せなかった。

 確かにサリーさんは画面越しの人だ。全部が全部本当じゃないかもしれない。最初から最後まで嘘かもしれないけれど、あの日電話越しで聞いた泣きじゃくる声を、僕は信じたかった。


 結局、運良く帰って来た兄に僕は止められ、改めて話し合いを設けた結果、今年度受験して失敗したら、潔く諦めろとの事だった。

 僕はこの顛末を、後日サリーさんに打ち明けた。

 すると――


『君なら、出来るよ』


 今度は僕が泣かされた。

 この人だけが、僕の味方だ。

 顔も知らない。素性も明らかでないこの人だけが、僕の味方でいてくれる。


 僕はその言葉を励みに、毎日机に齧りつくように勉強した。勉強し過ぎて、勉強という言葉の意味がわからなくなりそうなくらい頑張った。


 頑張って、頑張って、頑張って、試験を――終えた。


 ~翌年~


『もしもし、私メリー。これから、君のところに行くね?』


 結果から言おう。僕の努力は実を結んだ。

 だけどこんなご時世だ。大学自体、行けていない。


『もしもし、私メリー。今、駅に着いたよ。えっと……どのバスに乗ればいいんだっけ?』


 授業はほとんどオンライン。

 今でもずっと、同じ机に齧りついている。


『もしもし、私メリー。今、は……その、交番に、いるよ。うん、迷った』


 そしてメリーさんは、どうやら看護師を目指す事にしたらしい。

 僕と話しているうち、僕と同じ道を歩きたいと思ってくれたそうだ。


『もしもし……私、メリー。今、やっと……建物が、見えた、よ。結構、遠い、ね』


 だからメリーさんは、僕にも内緒で僕と同じ医大を受験して、合格していた。

 だから僕とメリーさんは、晴れて同級生になった。


『もしもし……私、メリー。今……君の、背中が見えたよ』


 さっきもまた、緊急事態宣言が出ていたけれど、これは不要不急の外出ではない。

 未来の医学を担う若者達の学びの場ならば、密だろうとも集まらなければ。


「もしもし」


 だから、やっと会えた。

 やっと、約束を果たせた。


「私が、メリーです。やっと、来れました」


 こうして、僕はメリーさんと一緒に、同じ医大に通っている。

 みんなの知っているメリーさんと結末が違うのは、仕方がない。


 この怪談は、語り手によって、結末が違う。

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