第8話 ある日の放課後1

 放課後を告げるチャイムが鳴り響く。


 レイジはいつもの様に第二図書室に向かう。

 最初の頃は道に迷いもしたが、今となっては通い慣れたものだ。

「失礼しま~す」

 扉を開くと、ヒトミ、ニコ、ミカサが各々の特等席に座っていた。

 ニコとミカサから軽快な挨拶が返ってくるが、ヒトミは黙々とノートと向き合っている。

「今日はレイジ君が最後だね」

「シノンは居ないんですか?」

「シノン先輩は予定があるそうです」

 そういえば昨日そんなことを言っていた気がする。

 今日は机君も叩かれることはなさそうだ。


「先輩、昨日の配信ちゃんと見てくれました?」

「見たよ。『地雷女の見分け方ってありますか。』ってマシュマロに『RAD〇IMPSファンを自称してるのに、前々〇世しか知らない様な女。』って返したときは流石に全身が痺れたね」

 レイジは思う。

『いつか炎上するだろうな』


 いつもの席に着き、いつもの様に今日の課題を机に広げるレイジ。

「レイジ君、どうぞ。今日はニルギリだよ」

 ミカサが紅茶を差し出してくる。

「あぁ、すみません。ありがとうございます先輩」

 紅茶なんてダージリンとアールグレイくらいしか知らなかったが、この部室に入り浸りだして随分とレパートリーが増えた。


「僕も昨日のニコ君の配信は見たよ。とても参考になった」

『どこが?』と突っ込みたいがグッとこらえるレイジ。

「因みに『地雷男の見分け方』もご教示頂きたいのだけど」

「鳴き声の様に『古戦場』って言ってる男は核地雷なのでやめた方が良いです」

「ありがとう、参考にするよ」

 読書に戻るミカサ。

 レイジは思う。

『絶対にいつか炎上するだろうな』


 差し出された紅茶を飲んでいると、呻くような声が聞こえてきた。

「……う~~ん」

 どうやらヒトミから発せられているようだ。

 レイジが部室に入ってからというもの、視線はずっと手元のノートに注がれている。

「どうしたの?」

 思わず声をかける。

「んん~~……、物語の展開が考え付かなくて」

 シャーペンで机をコツコツと叩きながら頭を抱えるヒトミ。

「どんな内容なの?」

 小説を書いていることは知っていたが、内容までは切り込んで聞いたことがない。

「剣と魔法のファンタジー小説とか?」

「違う違う、死にたい男の子と死ねない吸血鬼の女の子の話なんだけど、最後に2人をどうやって結びつけるのが奇麗なのか、なんだけど」

 話を聞きつけたニコが会話に参加する。

「ロマンチックな設定で素敵だと思います」

「毎回設定だけは思いつくんだけどねぇ……」

 苦笑するヒトミ。


「その小説ってどこかに公開するの?」

 ふとした疑問を口にするレイジ。これだけの労力をかけて執筆しているのだから、誰かに見てもらった方が本人も報われるのではないだろうか。

 素人が小説を投稿するサイトもいくつか知っている。

「うん。完成したら投稿しようとは思ってる」

「私もそれがいいと思います」

 こういうやり取りをやっていると、一番文芸部らしく活動してるのはヒトミなんだなぁと感じてしまう。

 レイジも、部活の大半は課題をこなしているだけに過ぎない。

 ニコもミカサもきちんと読書をしている。シノンはアレだが。

 今思い返すと少し居心地の悪さを感じる。だからであろうか、

「俺も何か書いてみようかなぁ……」

 そんな気分になってしまった。


「先輩はどんなジャンルを描くつもりですか?」

 面白いものを見つけた、と顔に書いてあるニコが尋ねる。

「やっぱり王道の剣と魔法のファンタジーかな。"mythtic fantasy"みたいな」

「いいですよね、ミスファン」

 "mythtic fantasy"、当時だったらどこの図書館にも置いてあった少年達のバイブルだ。

「呪文とか全部カッコよくて覚えてたんだよね。『輝虹きこうの翼よ 至高なるけだものよ 汝が意志を以て わが前に滅びを齎せ』みたいなやつ」

「あー、懐かしいです。私も覚えてました。『創世より連なりし無慈悲なる光 爆ぜよ!』とか好きでした」

 ニコと盛り上がる。

 薄々と以前から感じていたが、ニコも中学生の時に洗礼を受けているようだ。

「でも、今はああいうのって流行ってないんだよね」

 全てを把握しているわけではないが、二~三つ程アニメを見ているレイジもその界隈の動向は何となく知っている。

「今だとやっぱり、『主人公が強い力を手に入れて、ハーレムを築く』みたいなストーリーの受けがいいんだろうなぁ」

 決して現在を否定しているわけではないが、昔日の日々を思い返してしまう。

「先輩、それって結構昔の話ですよ」

「えっ? そうなの?」

 いつの間にかトレンドに乗り遅れていたようだ。

「今で言うと『ハブられて捨てられた主人公が実は凄いチート能力を持っていて、元の仲間に復讐したり、土下座させて許しを請わせる』展開がトレンドですね」

「俺生まれて初めて日本の将来を憂いちゃったよ」

 いっそ何もかも政治の所為にしてしまいたい。

「流石に俺の人生経験でそんなのは書けないな……」

 そこまで人類に対して憎しみは抱いていないし、自暴自棄にもなれない。

「エロ漫画家だって全員経験してるわけじゃありませんし、先輩も頑張ればイケるんじゃないですか?」

 ニコはそう言うが、ソレを頑張るくらいならもっと他の有用なことに時間を費やすべきなのではないかと思う。断固として。人として。

「やっぱり文章を書くってのはハードルが高そうだし、止めとくかなぁ」

 ハハハ、と笑うレイジ。

「残念です。配信で宣伝して二人でガッポリ山分けしようかと思ったのに」

 ちゃっかりしている後輩である。

「夢物語はその辺にしといて、構想を一緒に考えてよ」

 すっかり置いてけぼりにしてしまったヒトミに申し訳なく思い、2人もアイデア出しを始める。


 彼らの、放課後は続いていく。

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