Papaver somniferum ペパヴェール サミニフェレム_2

 

「……」


『花』の再来。


 再び『花』が流行り出したと言うことは、明日をも知れぬのは戦後も戦中と変わらなかった、と言うことだろうか。浮浪児は増えている。団長の危惧もわからいでか、と言ったところだが。


「ここに関しちゃ、そこまでじゃないだろうよ」

 元が異文化の街であったせいか、流通の宛ては在ったと言うことか立ち直りはどこよりも早く、住民は柔軟性に富んでおり同じ異国の民を受け容れた。養い親と子が違う人種だということもここいらではめずらしくは無い。自警団も在り統一の取れたこの街は、結果どこより栄えた。

 勿論、表が在れば裏も在るとして。


「ここはな」


 含みの有る一言である。情報屋は相手の続きを待った。団長は一度情報屋を上目遣いで見、再度視線を料理へ下げた。


「浮浪児が増えているのは、むしろ街の外だ。徴兵されて死んだ兵士のガキなんかがな。早急に施設を増やしちゃいるが、まぁ難しいだろ。職業の斡旋も、上手く行っちゃあいねぇ。で、だ」

「『花』に手を出すか」


『花』は、ただの麻薬ではなかった。


『花』は。

「ああ。己の体に根付かせるだけじゃなく、子供にも与えやがる。どうしようもねぇよ」

 人の体を苗床としていた。


「悲しいのは、栽培目的より、“つらい気持ちから開放してあげたい”って愛情からなんだよねぇ」

「はっ。愛情なモンかよ。咲いたら終わるんだぞ」


 虫に寄生する植物が在るように、人間に寄生する植物も在る。誰がいつ造ったかは未だ以て不明であるけれど、『花』は、種を食した人間の体内で根を下ろし麻薬成分を分泌しながらゆっくり栄養を奪って成長した。


 花が咲くと、白い花を咲かせるのだ。一輪。

 これがまた麻薬成分を持っていた。


『花』も精製すれば変哲の無い麻薬なのだけれどそうすると効能が弱いらしく、中毒者は原液さながらの強力な『花』を食べるようになる。


『花』を口にすれば、もっと強力な種も飲み込む。


 そうしたら飲んだ者を培地に育ち、花を咲かせ、堂々巡りだ。


 最初は、通例通り現実逃避するために麻薬を使う人間から広がった。

 次いで徐々に、戦禍の拡大で“空腹を誤魔化すために”食す人間へとシフトして行った。


 現実では栄養を奪われるので本末転倒だけれど、使用者本人は麻薬成分で感覚を無くすため気が付かない。


「んなモン、愛情じゃねぇ。巻き込んで巻き添え食らわしてるだけだ」

「まぁねぇ。でも渇きは耐え難いからさ、」


「インスーには」

「あ?」


「言うなよ」


 あっち、と雨のせいで蒸すのか上着をぱたぱた動かし扇いでいた情報屋へ、団長は言った。インスーは、ここの女主人の養い子で。

「言う訳無いだろ。言える訳がさぁ……」

 例の『花』の、被害者だった。


 誰が開発したか判然としない『花』は、しかし売る組織だけはそこそこ在った。当然、研究する組織も。

 戦争中であろうと、金は回るし儲ける者は存在するのだ。


 二人は、団長が一団員だった時代、共に『花』を扱う組織へ幾度も踏み込んだ。

 インスーは、そんな組織の一つで『花』の研究材料にされていた少女の一人で─────唯一の生き残りだった。


 二束三文の金で売り払われた少女は、『花』こそ除去出来たものの完全に取り除くことは出来ず、御蔭で麻薬を生成する体質と化し、拮抗させる薬が不可欠だった。

 体は常時麻薬成分が回っている状態だ。だので常に頭はどこかぼんやりとし、普通の少女なら出来ることが出来ないのだと言う。


「……とにかく、警戒だな」

「じゃあ、俺もいろいろ張っときますかね」

「頼む」


 ようやく平和になった。まだまだ整備は必要としていても。

 だと言うのに、引っ掻き回されては堪らないのだ。


 当面の確認をして、話はお終いだった。あとは黙々と食事し、他愛無い近況報告で時間を潰した。

 二人が出る時分には、雨は、上がっていた。


「あ、二人とも、来てたの?」

 会計をしようとしたところで、背後から声を掛けられる。聞き覚えの在る舌足らずの声調に二人は後ろを見返った。


「インスー」

「よ、元気か」

「うん」


 白い肌、赤い瞳、白い髪。全体的に色素が薄い一人の少女。彼女こそインスーだ。少々とろんとした双眸で二人を見上げていた。


「最近どうだ?」

 団長が尋ねれば「……うん、調子は良いよ」一テンポ遅れて返す。体内を巡る麻薬物質のせいだ。団長は「そうか」と言いインスーの頭を撫でた。

「何も無いか」

 情報屋も訊いた。腐っても老いても情報屋だ。何か在れば耳に届く。けれどきちんと本人から聞きたいのだ。案の定「大丈夫。楽しいよ、毎日」の返答。取り敢えず安心だった。


「そうか。なら良かった」

「うん」

「じゃあ、俺たちは行くからな」

「うん、またね」


 満面の笑みで両手を振るインスーに片手を振り返して、二人は店を後にした。


「さぁて、頑張りますかね」

「……」


 煙る夜、雨上がりで更に活気に満ちた街を二人は別々の方向へ歩き出した。

 それぞれが、それぞれの立場で、役割で、手段で。


 この街を、守るために。




【 Fin. 】

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