燭台の炎が揺れ、闇を妖しく仄かに照らす。 

 二つの人影が長く伸び、影絵を映じているかのように壁の上で重なり合う。

 光と闇が淫靡な陰影を作り出し、二人の行いを隠しながらも露にしていく。

 頬に映る長い睫毛の影は際立ち、肌に浮かぶ小さな汗の粒が、灯りに照らされ裸体を艶めかせる。


 信長は白い臥処に仰向けに身を横たえていた。

 彼の肌を陰らせているのは灯明が造り出す影だけではない。

 彼に重なる乱法師の動きに合わせ、陰影も同時に濃さと形を変えていく。

 うつ伏せの乱法師の背から腰にかけての線は柔らかく、男というには細く未だ嫋やかであった。


「む、う……乱、そろそろ──」


 乱法師は顔を上げると、仰向けで横たわる信長の腰の上に跨がった。

 身体に馴染みきる前の微かな痛みを伴う心地よさに思わず声を上げた。 

 身体の中に信長が入ってくる瞬間こそ、存在を強く感じられる。

 激しく身を反らせる乱法師を見て、今年に入ってから格段に淫らになったと信長は感じていた。


 敏感な部分で互いを刺激し合う。

 肉体と心の深くで感じ繋がる。


 相手に対する情が燃え上がるにつれ、互いの動きが激しさを増していく。

 愛する者と一体となる悦びに、若い肉体は雄という性を暫し忘れ、女体の如き絶頂を迎え果てた。


 欲望は身体の成長に伴い、持て余す程に激しく己を駆り立てる。

 同性の性交における女役として開かれた肉体は、若い雄の欲情に突き動かされながら同時に女人の如き悦びも知る。


 性と愛の対象は信長ただ一人。

 性に目覚める前に開かれたのだ。

 

 無垢な身体と魂は、理屈を越えて愛を知り、性を越えて男を受け入れた。

 微明に照らされる男に成りきらぬ肢体がかき乱れる様は、閨房の相手としては実に女よりも妖しく美しい。


 生来の生真面目さ故か羞恥からか、乱法師は気をやった後、明かりの届かぬ薄闇に動き、置かれた盥の水で布を絞り信長の身体を淡々と清め始めた。


 乱れた髪と揺れる灯火で、却って顔に色濃く陰りを宿し、熱心に身体を拭く彼の表情は信長からは窺えない。

 仄かな明かりの中に一糸纏わぬ姿でいれば、互いの表情は見えずとも気持ちは自ずと伝わってくる。


 闇に目を凝らし、乱法師の顔を食い入るように見つめた。

 衣を脱がせ裸にするよりも、心を裸にする方が一層淫らと感じる故だ。

 裸体よりも羞じらう表情が一層見たくなり、つと手を伸ばして乱法師の髪を掻き上げた。


「私の事を、はしたないと思われたのでは? 」

 

 咄嗟に顔を逸らしても誤魔化せないと観念し、余計な事を呟いてしまう。


 確かに常よりも乱れていた。

 褥から信長は身を起こすと、彼の髪を優しく撫で、指で梳きながら肌に手を這わせた。


「今宵はいつにも増して美しかった──」


 瞳は再び熱く燃えていた。

 乱法師をかき抱くと、褥に荒々しく押し倒した。


 ────


 愛の行為の後、乱法師は信長の上に身を預けていた。

 ちょうど彼の頭が信長の胸の辺りにあり、耳にドッドッドっと力強く心音が響いてくる。

 彼の心音も、間違いなく信長に伝わっているのだろう。


「──乱、何を考えておるのじゃ」


 問われて少し顔を上に向けると、額を信長の柔らかい顎髭がくすぐる。


「ふふ……上様の事を……」


「儂に抱かれながら儂の事を考えておるのか?一体どのような事を──」


 乱法師の手指が信長の肌を滑り、愛しげに顎髭に触れた。


「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世と申しまする。並の主従でも三世ならば斯様な深い御寵愛を賜る身は四世でも五世でも契りあえるだろうかと」


 健気な愛の言葉に頬が緩み、乱法師の額と前髪に唇で触れる。


「ふん……そのような殊勝な事を申すが、三世、四世も契り合えると思ったら、今感じているそなたの愛は急に薄れ、儂に背を向けいびきをかいて寝てしまうに違いない。明日には死ぬと思っていた方が、相手に真剣に向き合い深く思い合う事が出来るというものじゃ」


「ですが、上様が明日亡くなられるなど考えるのも嫌なのです──それより、私はいびきをかいて寝ているのですか? 」


 慌てて信長を見る。


「くく、今のところは大丈夫じゃ!もしいびきをかいたら鼻を摘まんでやるから案ずるな」

 

 乱法師が信長に向ける愛と言葉はあくまでも真っ直ぐだ。

 それを軽くかわしたり、からかったり諭したりする事は楽しい。

 親の愛と子の愛と、どちらが強いかと言えば、やはり親が子を思う気持ちだろうか。


 乱法師の愛は性の経験の乏しさから強く激しいのだと見る事も出来るが、信長は多くの経験を積み、男女共に数多く抱いた上で乱法師をこの上なく慈しんでいる。


 一見乱法師の愛の方が強く見えるが、信長自身は己が注ぐ情愛の方が深く大きいと自負している。

 本音を言えば家臣としてではなく、自分だけの愛する者として側に置いておきたいくらいだ。

 二十五、六歳まで妻を娶らせず、この儘可愛いがっていられたらと邪な考えに囚われたりもする。

 繊細で華奢な顔立ちは、三十路になっても美童の面影を残すだろう。


『犬(前田利家)は儂より大きくなりおって。髭まで生やして、可愛いがっていた頃の見る影もないがな──』


 男色では弟分として可愛いがっていた者が、長じて自分より体格が良くなってしまう事もあり、それも又面白いところだ。

 歴とした武家の出である乱法師を元服させず、この儘の関係を続けていけない事も承知している。

 己から元服を命じるつもりはない。

 離れていくのを待つつもりだ。 

 乱法師の気性なら、来るべき時に己で決断し巣立っていくと確信しているからだ。


 誰よりも愛を注ぎ、手塩にかけた若鷹が巣立ってしまうのは寂しい限りだが、大空を悠々と飛翔し、自身の手で様々な物を掴み取る姿を見てみたいとも思う。

 妻を娶り子を成し、父となる喜びも知って欲しいのだ。


 愛の形は一つではない。

 例え形は変われども、乱法師を慈しむ気持ちは生涯変わらないだろう。


「上様は今、何を考えておられるのですか? 」

 

 静かに身を預けていた乱法師が、ふと問いかける。 


「そなたの・・・が儂の・・・に当たっていると考えていた」


 あまりにも局部的な今を考えている信長の言葉に羞じらい腰をずらそうとする。


「その儘で良い」


 可笑しそうに笑って腰を抱き、強く引き寄せた。

 乱法師が巣立つその日までは、腕の中で優しく愛で、傷付かぬように守りたいのだ。

 親の愛と見るならば、随分と過保護な守りようであった。


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