第5章 戦国のメリークリスマス

 万見が検使役として遣わされた播磨では、三万の織田軍が攻め寄せ七月の半ばに神吉城は落ちた。


「何か変わった事はなかったか? 」と万見に問われたが、長谷川との一件は胸の内に留めた。

 

 仕事の呑み込みが早いと信長や万見に褒められ励みにはなったが、忘れようとしても獣臭い息使いが耳に残り、背後を気にしてつい振り返ってしまう。


「疲れておるのか?元気がないようじゃが」

 

 信長の声に、はっとする。

 利発で素直な気性の彼を愛するあまり、政務に関わらせる事で少しずつ年長の近習と変わらない立場を与え初めている。 

 無論、寵童に対する私的な愛故でもあった。

 

 初めて信長と肌を重ねてから一年程の月日が経っていた。 

 今や彼の勤めのようになっている共寝の日々を重なるごとに、信長の細やかな感情の揺れを感じ取るのに長けてきた。 

 遠国を領する武将には中々窺い知る事の出来ない、信長の焦燥、苛立ち、疲労、不安、孤独、悲哀、喜び、愛情、思いやり。

 人なら誰もが持つ感情を、万人に畏怖される信長にも当たり前にある事を彼は知った。

 それは同時に彼自身の抱える不安や嘘も相手に伝わる事を意味する。 

 長谷川から受けた屈辱は絶対に知られたくないが、勘の鋭い信長に誤魔化しが通じる訳がない。


 金山の母からの文に、末弟の仙千代が落馬したという話があったのを思い出した。

 信長は、離れた家族の怪我を案じ元気がないのだと素直に捉えた。


「下の弟達は年子であったな。邸の普請は進んでおるか?年が変わったら家族を呼ぶが良い。一番下のはまだ幼いが、後の二人は小姓として出仕させよ」


 事実を誤魔化す為に咄嗟に思い付いた話なのに、有難い申し出に目に涙が滲む。

 今の己にとって、家族に会える事がどれだけ日々の励みになる事か。

 長谷川の一件など些細な事と思える程に気分は晴れ晴れとし、心から信長に感謝した。

 

 すっかり気持ちが軽くなり、馬廻り衆の団平八を訪ねた。 

 互いに前から顔見知りであったが、京都所司代、村井貞勝の次男の邸での夕餉で同席して以来意気投合し、親しい付き合いが続いている。

 団平八は気後れする事や取り繕う事なく単純明快、裏表のない男で、乱法師のような面倒な立場の扱いづらい相手でも気さくに接してくれる。 

 年は兄の長可と同じ頃、武将としては非常に血気盛んで、精鋭として選ばれた馬廻り衆だけの事はあり、武芸では到底敵わない。

 長谷川に手籠めにされそうになった矢先故に、武術の稽古相手をして貰う事にした。


「年の割には充分強い。儂が真の敵かのように向かってくるから正直恐ろしい。少しでも油断したら倒されそうじゃ! 」


 真に憎い敵を重ねて戦っているとは言えないが、長谷川と思えば尚更上達しそうではあった。


「そういえば儂は中将様(信忠)の寄騎として岐阜に移る事になるやもしれぬ。そちの兄のようにな」


「岐阜か、遠いな。寂しくなる」


 視線を下に落とすと、地面に落ちた蝉の脱け殻が目に入った。

 せっかく腹を割って話せる友が出来たと思ったのに残念でならない。


「儂も寂しうはなるが、中将様の馬廻りなら出陣も多かろう。儂は戦に出たい!上様は中将様に指揮を任され、ますます御出馬されなくなるであろう。馬廻り衆の役目を大いに果たせそうじゃ! 」


 平八の言う通りで、信長自らの出馬がない限り、兄の陣にでも加えて貰えなければ初陣も果たせそうにない。

 裏方仕事も大事と分かっていても、源氏を祖に持つ武門の家に生まれたからには戦で手柄を立てたいと若い血が騒ぐのだ。



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