年始の挨拶で参上した武将達の中で特に印象深く、親しげに声を掛けてくれたのが前田利家である。

 身の丈六尺(約180cm)はあろうかという堂々たる体躯。

 朱色を基調とした派手な羽織袴姿は、背丈だけでなく周囲から浮き上がっていた。

 乱法師との身長差は一尺(約30cm)足らずといったところだ。


「そちは三左殿の伜であろう。三番目が上様にお仕えする程大きうなっていたとはな」


 と、いきなり頭を撫でられた。

 彼の頭は前田利家の胸にも届かない。

 「そちの父御はのう──」と、可成との様々な交友談を唐突に語り始めた。


 利家が二十歳くらいの時、信長の同朋衆、拾阿弥なる者にこうがいを盗まれた挙げ句に挑発され、激昂して斬り捨ててしまった事があった。 

 まだ当主として若かった信長は立場上、他の家臣へ示しを付けねばならず、過酷な決断を迫られた。

 その時、命乞いをして救ってくれたのが可成だったと云う。

 遺された子供等が立派に成長していて嬉しい、もし困った事があれば己を父とも思い是非頼って欲しいとも言ってくれた。

 信長を始めとして父の事を良く知る朋輩も豪商も茶人も、本当に多くの者が死を惜しんでくれる。

 その死により息子である彼に皆が手を差し伸べてくれるのだ。


 改めて父を誇らしく思い、正月の喧騒が落ち着いた頃、近江の聖衆来迎寺を詣でる事にした。

 安土城から見て西南、湖畔に位置する為、下街道を少し下り、舟で琵琶湖を渡る。

 

 真冬でも青々と繁る多羅葉の葉の裏に刻まれた文字に目を止めつつ境内を進む。

 息を吐けば白く、耳朶が赤くなる程凍える日であったが、疎らに人の姿もあった。 

 この聖衆来迎寺は、敵方の将である可成を弔った事から、信長が比叡山を攻めた時、焼き討ちを唯一免れた寺である。

 墓石に残る雪は凍っていた。

 小姓役の武藤三郎と護衛の家臣を付き従え、父の墓に手を合わせた。

 安土城下に戻る途上、戦地に物資を運ぶ小荷駄隊と遭遇した。

 十五歳になったら金山に戻る許しを得て

初陣を果たす。

 後、一年。

 待つ必要はないのではないか。

 信長に願い出れば何処かの陣に派遣して貰えるのではないか。

 彼は分かり易く「父の武名に恥じぬ」働きをしたくなった。


──

 古田佐介重然ふるたさすけしげなり

小荷駄隊の検分後、人混みの中にある乱法師の姿に目を止めた。


「もし、森のお蘭殿ではござらぬか? 」


 何気無さを装い声を掛ける。


「貴殿は確か、古田──失礼、確か──」


 乱法師は小姓として織田家の武将達の取次ぎをする中で、彼等の顔と名を一致させるべく努めてきた。

 顔は知っている。

 確か使役の──


「古田佐介でござるよ。いずこへ参られる? 」


「失礼致しました、佐介殿。父の墓参りの帰りでございます」


「おお、貴殿の父上はかの猛将、森三左殿。儂も元は美濃の出。三左殿とは共に戦った仲でござるよ」


 此処でもまた父を褒められ乱法師の顔が綻ぶ。

 古田佐介が乱法師に近付いたのには少々狙いがあった。

 彼は使役や代官を務める傍ら、茶の湯に傾倒していた。

 茶道具に拘るのは茶人の性。

 よって器を自作してみたのだ。


「安土の城下町で美濃の焼き物を見掛ける度に懐かしうなりますな。そういえば三左殿は御目も肥えておられた。やはり、お蘭殿も? 」


「幼き頃より焼き物に親しんで参りましたので少しは──」


 乱法師がはにかむ。


「やはり流石は三左殿の御子。実は戯れに己の心に浮かぶ儘に焼いてみたのです。中々剽げた出来映えにて。貴殿に御覧頂きたい」


「剽げた?無論、構いませぬ」


 古田佐介は首尾良く運んだとほくそ笑んだ。

 一旦二人は別れて後、佐介が森家を訪れ自作の焼き物を包んだ布を乱法師の前で広げて見せた。


「おぉこれは!確かに剽げている。この歪み具合、中々良い。実に新しい」


 何とも奇妙な形の器ばかりであった。

 創作に失敗したかのような歪つさ。

 手に取り、ひしげたような器の色形を楽しむ。


「剽げておりましょう?まだ完成とは申せぬが」


 試行錯誤を繰り返し今の形になった。

 乱法師の前に並べたのは全て試作品で、納得の出来映えとは言えない。

 故に一番悩んだのが始めに見せる相手であった。

 権力に近いが権力を持たぬ者、奇抜な物に興味を示す若い感性、好奇心旺盛で未完成と知りながら器を用いる遊び心がある者。

 この条件を満たす上に流通にも大いに力を貸してくれそうな最適の人物として目を付けたのが乱法師だった。


「真に愉快な器じゃ。色も良い!心和む色合いじゃ」


 美濃には腕の良い陶工が戦を逃れて多く移り住み、森家支配の窯で良質の焼き物が作られている。 

 幼い頃から焼き物に触れて来たので、自身でいつか焼いてみたいとさえ思っていた。 

 子供が戯れに造ったような形には温もりがある。

 緑とも青とも見える不思議な色合いの緑釉が美しく、珍しい焼き物に目がない乱法師の心を捕らえた。

 今の儘で広まってしまうのも困るが反応は見てみたい。

 目は肥えているがまだ若く、優れた焼き窯のある美濃で森家は力を持つ一族。

 この先彼の邸を訪れるであろう有力者達の目に、焼き物が自然な形で止まる事が期待出来た。


「試しにと申されていたが完成が楽しみじゃ!これはこれで面白い故、是非お譲り下され」


「無論、差し上げまする」

 

「おいくらじゃ? 」


「ただでと申し上げておりまする」


「代価を求めぬとは、良い御仁じゃ。忝ない」


 佐介は花入れ、碗、徳利、香炉を置いて帰って行った。

 古田佐介とは、この先千利休の弟子として茶人であると同時に、今にも残る織部焼の創始者、古田織部その人である。 

 因みに乱法師の末弟仙千代とは、互いの妻を通して義理の叔父と甥の関係になるのだが、それは後の話。



 


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