第31話 独りになるということ

 だがしばらく経つと、Bも覚悟を決めた顔になった。彼はもう、何もかもあきらめたようである。Bには、Aが今まで見たことがないほど巨大な「化け物」に見えているのだろうか。


「なるほど。じゃあ、一応聞かせてくれないか。なぜ僕を殺したい?」


「そんなの簡単だ。お前は間違ってる、悪なんだ。あの子に対しても、クラスメートの皆に対しても、それから俺に対しても、お前は傲慢な態度をとりつづける。どうせよ。自分が天才だとでも思ってんだろ。なあ?お前みたいなやつは、ここにいちゃいけねえんだよ」


「そうか……。なら、はっきり言うよ。君は、そんなこと本当は思ってない」


「は?」


 Aは怒っているというより、驚いている様子である。Bの声の雰囲気が、明らかに変わったからだろう。


 今までとは打って変わり、彼の声は真っすぐだった。彼の巧さは完全に姿を消していたが、その代わり、この声には、彼の誠実さが宿っていた。


「君は僕のことを邪魔だと思ってる。だから、僕を排除して、ずっとここに独りでいたい。ただ……。ただそれだけなんだろ。独りでいたいから、君の中に僕への殺意が生まれたんだ。独りでいたいから、君はその殺意を、こんなにも大きくしてしまったんだ。独りでいたいから、君は自分の手に無理やり、そんな凶器を握らせているんだ。独りでいたい。ただそれだけのことで……。君は、僕なんかよりもよっぽど……。結局、君もワガママなんだよ。あの子と同じだよ‼」


 その瞬間、AはBに迫った。包丁の先端をBに向けながら、それをブルブルと震わせて。その目には無数の血管が走っている。


 しかし、それでもBは一歩も引かなかった。Aに言葉をかけ続けたのだ。彼は、その一つ一つの言葉に真心を込めるようにして、丁寧に、丁寧に、Aに自身の声を送り続けた。その言葉がAの耳に入ったのか、Aの心に届いたのか、それはわからないが、彼の目からは、何粒も、何粒も、涙がこぼれていた。


 だが、Aはその歩みを止めない。涙を流し、鼻水を漏らしている、こんな醜い姿になってもなお、無我夢中で、Bを殺そうとするのである。その殺意は、Aの心の中にあるのではないのかもしれない。


 Aの凶刃は、そのままBの心臓に突き刺さった。それは、キャッキャッという、子ども笑い声のような音を立てながら、彼の血管を断ち、肉を裂き、血を吸う。そして、すいすいと楽しそうにBの中を進み、その体をうまそうに喰らい尽くす。


 やいばは、じっくりとじっくりと、彼をこの空間に溶かした。彼が完全に消えてなくなると、Aは、狂ったように泣きわめいた。言葉になっていない声で、Bのことを呼び続けながら。


 「現場」には、言葉を失くしたAと、行き場を失くした狂気だけが残った。

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