第29話 同族嫌悪 part5

 Bの満足気な様子とは正反対に、Aは、そのイライラを隠せていなかった。だが無理もない。さっきから、Aの言うことに、Bが全く聴く耳を持たないから。彼は、Bの「人に話すのが好き」という性格を、嫌と言うほど体感させられているだろう。


「いや、だからお前さあ。お前は別にマジシャンでもコメディアンでもないじゃんか」


「うん、確かにそうだ。だけど、僕も孤独なんだ。話し出すといつも、皆を置き去りにしちゃうんじゃないかって、不安になる。それで、本当に置き去りにしてしまう。気が付いたらさ、皆が遥か遠くの方に見えるんだ。皆まるで、聴衆みたいなんだ。そうなった頃にはもう、不安はさっぱりキレイに消えていて、僕の心からは、独りでいることに対する喜びが溢れ出して来るんだよ。蜜みたいにね。不思議だろう」


 Aは引いていた。怯えているようにも見えた。Bの悪魔的な表情に。眼球を剥き出しにして、邪悪さを感じるほどに気味の悪い笑い声を上げながら話す彼の様子に。


「悪趣味だな」


「そう思ってくれて構わないさ。ただ、僕が言いたいことは、独りでいるのが好きという性格と、人に話すのが好きという性格は、持ちつ持たれつの関係にあるってこと。だから僕たちも……」


「お前、まだそれを言う気か」


「それを言いたくてわざわざこの話をしたんだ。嘘までついてね」


「嘘?」


「うん。僕が独りでいるのが好きっていうの。あれは嘘さ。実際は、好きでもなければ嫌いでもない。いやあ、多少焦ったよ。君がこの嘘に、思いのほか真剣に食いついてきたからね」


「お前は……。ほんとに、俺を腹立たせるな」


「そんなつもりはないよ。ただ単に、君にわかりやすく僕の言いたいことを伝えようと思っただけさ」


 Aは、またもや黙り込んでしまった。彼は、身をもって実感したのであろう。言い争いになれば、Bに勝つことは不可能であるということを。敵に回すには、Bはあまりにも賢いということを。


 だが、このことはBにとって命取りであった。Aを冷静にしてしまったばかりに、彼に、背後の凶器に気づかせてしまったのである。

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