第26話 同族嫌悪 part2

 Aは、苛立ちを隠せていなかった。


「ああ。そうだな。あの時、あいつが、お前が今言った通りにお前を問い詰めていたら、一体どうなってたんだろうな。お前は、あいつにも、俺にしてたのと全く同じ態度をとってたからな」


「あいつ?」


「知ってんだろ。教室で、お前の隣の席にいるやつだよ」


 さっきまで、得意げな笑みを浮かべていたBの表情は、ほんの少しだけ曇った。


 彼は腕を組み、顔を上に向け、さらに、右足をつま先までピンと伸ばし、体をコンパスのように動かして、ひたすら半円を描いている。彼は、何か考え事をしているようである。そんな様子をAは、不思議そうな顔で見つめていた。Aは仔犬のようになった。


「なるほど。やっぱりそういうことなのか」


 Bはそう呟くと、その顔を徐々に晴らしていった。彼はAの方に目線をやり、ゆっくりと口を開いた。


「あれはね、僕と君がとった態度なんだよ」


 Bのこの言葉は、Aに相当な衝撃を与えたようだ。ぽかんとした彼の幼い顔は、急激に鬼の形相へと変わってゆく。肌は真っ赤に染まり、目はこれ以上ないほどに開いている。鬼は鬼でも、赤鬼である。彼は呼吸を荒くした。


「今なんつった。なあ。なんつったって聞いてんだ。おい。答えろよ」


「わかった、わかった。そう感情を表に出すな。いいことなんて一つも無いだろう」


 完全に笑みを取り戻したBは、Aの周りを静かに回り始めた。今度は真円を描くようにして。そうやって、再び得意げに話を広げるつもりなのであろう。彼は恐ろしいほどに冷静である。


「僕はね。他人に自分の感情は、絶対に見せない。我慢するのさ。どうしてだと思う?」


 Aはこれに答えようとした。しかし、Bは自分から尋ねておきながら、Aの答えを聞くことなく話を続けた。それどころか、Aの方を見ることすらしなかった。話をし出すと彼は、周囲が見えなくなるほど、独りで熱中してしまうようである。


「自分の内心を他人に知られたくないっていうのも、もちろんある。内心っていうのは、人が持つ絶対的な安全領域だからね。しかも唯一の。なかなか独りになることの出来ない、高校生の僕たちにとっては貴重な場所だ。でも、それだけじゃないんだ。僕は、僕の感情を使ってるんだよ。使ってる。そう、道具みたいに。どういうことなのか。それはね、僕は、その人が見たいって思う僕の感情を、その人に見せてるんだ。だから、僕の右側にいる人には笑っている顔を見せて、左側にいる人には怒っている顔を見せるなんてこともよくある。そうだ。これは嘘だ。僕は嘘をついている。わかってるよ。だけど、それはいけないことかい。僕はむしろ正しいことだと思うね。だってそうだろう。結果的に、皆を満足させることが出来るのだから。もし、自分の感情を素直に表に出していたら、これは無理なハナシさ」

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