第21話 幼い殺意

 心が楽になった私は、道路に沿ってあてもなく、子どもみたいに全力で走り始めた。出来る限り、歩幅を広くして。形を変え、針のようになった雨が、私の顔中に刺さる。街灯の光が、一定のリズムで、順番に私を照らす。向かい風に取り憑かれた私の服が、帰ろう帰ろうと私にごねる。


 走り出すと、目の前の世界は急激に変わるものだ。


 走り続けていると、私の中で、かねてよりの目的が浮かび上がった。そうだ、こんなことしている場合じゃなかった。


 でも、ちょうどいい。私と私Bの動きは完全に連動している。こうやって全力疾走していれば、Bは部屋の壁に衝突して、うまくいけば、それで死んでくれるかもしれない。たとえ、無事に外まで出てこられたとしても、たまたま通りがかった自動車が、アイツを轢き殺してくれるかもしれない。


 そんなことを思いながら、私は、走るのを続けた。息が切れても、ズーッと音を立てて息を吸い込み、足を動かすのを絶対にやめなかった。そんなことをしていても、走り続けることは出来ないことはわかっている。けれど、とにかく歩きたくなかった。私の殺意は本物なのだ。


 それからも私は、無我夢中で、Bを殺すことだけを考えて走り続けた。どのくらい走ったか、どの道を走ったか、というのはよく覚えていないが、今、私の目の前には、大きな竹林が広がっている。この竹林は急勾配な坂に茂っていて、それゆえに、それなりに大きな駅の真裏にあるにも関わらず、ほとんど人の手が加えられていない。


 私は、この威圧感と不気味さの塊に興味を持ち始めていた。さっきから私は、まるで少年に戻っているかのようだ。殺意まみれの私の心の中で、この純粋な好奇心が、私には一際魅力的に見えた。私は吸い込まれるように、入り口の狭い階段を登って行った。


 階段を登り切り、竹林の中に入った。予想していたよりも、遥かに広い。坂にしか茂っていないのかと思っていたのだが、とんでもない。平地にも竹はぼうぼう生えていて、しかもかなり奥の方まで続いているようだ。


 一体どこまで続いているのだろう。気になった私は、ゆっくりと歩みを進めた。地面は、雨で濡れていて滑りやすい。街灯の光は、ここへはほとんど届かない。文字通り真っ暗な世界だ。私は、腰を引いて、手を前に出しながら歩いた。


 正直言うと、ここへ来たのを私は後悔し始めていた。進んでも進んでも、何もない、何も起きない。真っすぐに伸びていた私の好奇心は、根本からへし折られてしまっていた。


 けれど、私は未だに、へっぴり腰で探検を続けている。一体、何のためにこんなことをしているのか。思わず冷静になってしまった。それが命取りだった。探検をするなら、無我夢中の方がいい。 

突然、私の足の自由が利かなくなった。足元のぐちょぐちょの泥に、足をとられたようだ。たちまち、私の体は大きく左へ傾く。


 すぐさま私は、左手を体の倒れる方向へ差し出した。が、そこに地面はなかった。そこは、崖だったのだ。落ちまい、と必死で身体をバタバタと動かすが、自然に対して動物はあまりに無力だ。


 あえなく私は、崖を転げ落ちた。小枝やら小石やらが、一斉に、無力となった私の身に襲い掛かる。この無慈悲な攻撃は、私の体が止まるまで、継続的に続けられるだろう。

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