第19話 危険な決断

 気分が少し落ち着いてきた。私はあっちの世界のことを考えていた。旅の思い出を手繰り寄せるように。


 だが、私には、あの世界に対する情熱や羨望はもはやなかった。私の心にあったのは、あの世界、いや私Bに対する、憎しみだけだった。


 私がBを憎む理由は単純だ。あの「無観客の独演会」。あれは見るに堪えないものだった。心の中という誰にも見られることのない場所で、隣の席の子に復讐する。なんて卑怯なやり方だろう。


 それに自分勝手だ。あの子に対して、無茶苦茶な暴言を浴びせ続ける一方で、自分のことは決して顧みようとしないのだ。


 それだけじゃない。あの子だけにとどまらず、すべての人を見下し、自己中心的に威張り散らす。そのようなこと、現実世界では絶対にできないくせに。まったく卑怯な奴だ。


 私はこんなやつを、あろうことか、かつてはすごいやつだと讃えてしまっていたのだ。


 私の心は、後悔と罪悪感でぎゅうぎゅう詰めになっていた。気分がものすごく悪い。吐き気を催すほどだ。


 それに、声が聴こえてくるのだ。「お前はBを止めることが出来たんじゃないか?」、「お前もBと同罪なんじゃないか?」。そんな声が。私は、それをかき消すように、爆音でBを責め続けた。


 アイツは天才なんかじゃない。ちいさな暴君、単なるワガママだ。それに、アイツは本当の私の姿ではない。今の私、すなわち、この私Aこそが本当の私なのだ。というより、そうでなくてはならないのだ。私Bが本当の私であることは許されない。


 だから、私は、私Bを殺さなければならないのである。


 殺意が、大きな大きな産声を上げて、芽を出し始めた。いや、もしかしたら、ずっと前から私は、この手に凶器を握っていたのかもしれない。それほどに、手によく馴染む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る