第16話 孤独な天才

 私は、また商店街を歩き始めた。食べ物屋の生ごみの、臭いとしか言いようがないにおいが鼻をつく。たまらず息を止めていると、視界に入ってきたのは、コンビニの前でたむろしている、他の高校の学生たち。見ているだけで、不安と怒りが同時にこみ上げてくる。私は同世代の人間が嫌いなのだ。


 このような目の前のひどい光景に、私はもうたまらなくなり、安全な心の中へ、ドカドカと逃げ込んだ。私はそこに隣の席の子を造った。出来上がった人畜無害なコレに対して、まくしたてて、攻撃をしてやろうと思ったのだ。


 まず、あの子は、この私に対してトークショーのエンディングが迷惑だと言っていたが、それは極めて失礼なことだ。


 もちろん、何を見てどう感じるかは、人によって違うし、個人の自由だから、迷惑と思ってくれても別に構わないが、それを口にするというのはどうだろう。あのエンディングは誰がどう見ても成功だったし、ないよりもある方が絶対よかったはずである。


 しかもだ。私は別に、一般的にみて、あの子を傷つけたり、あの子が嫌だと感じるような言葉を放ったわけではない。私は、そういうこともきちんと考えたうえで、ものを言っている。あの子は、こうした私の影の努力に、きちんと気が付くべきだったし、その努力を踏まえた上で、私に掛ける言葉を選ぶべきだった。


 にもかかわらず、そうしなかった。だから、失礼だというのだ。学校では、学生は独りで生活するのではなく、集団で生活するのだから、仮に不満に思ったとしても、時には我慢をすることも必要なのに。まったく、自分のことしか考えない身勝手なやつだ。


 大体、あの子はどういう立場で、文句を言っているのだ。私は、あのショーの主宰者兼主演なのだぞ。


 一方、あの子はなんだ。助演ですらないだろう。サーカスでいうところの猛獣。威風堂々とした肉体を持ちながら、その瞳の奥ではひたすら人間に怯えているアレか。それとも、マジックショーで怪しげな箱に詰められて、外から剣を刺し込まれたりする、キワどい格好のあのネェちゃんか。いずれにせよ、あの子はもう少し、自分の立場をわきまえるべきなのだ。それが社会の常識なのだから。


 そもそも、私は天才だ。それに対し、あの子はというと、まあ、凡人だろう。もし凡人でないならば、私に話しかけられて、ただ黙っているなんてことはないだろうから。


 私のような天才は、多くの人間に幸福をもたらすことが出来る。ある時は人々の心を温かく包んでやったり、またある時は心を針で突いてやったりと。


 確かに、そのウラでは犠牲になる凡人が、多少はいるというのが現実だが、それは仕方のないことだ。なぜなら、それは社会が黙認するどころか、むしろ求めてすらいることなのだから。まったく、そんなこともわからないとは、あの子は、もはや凡人ですらない。愚者だ。


 私は心の中で、一つ一つの言葉を、文章を、地面に叩きつけるように吐き出していった。どうせこれは無観客の独演会だから、乱暴でよいのだ。唾を飛ばし、腕を振り回し、体を震わせる。さらには、目の前の創り物の頭を片足で踏みつける。


 いや、コレだけではない。何から何まで、順番に私の足元に埋め込んでやろう。そうやって、皆を従順にさせた後は、私の言葉、いや声だけを聞かせ続けてやればいい。言葉が詰まる、なんてことはあってはならない。彼らに隙を与えてはならないのだ。私に頭を冷やさせる隙を。

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