第15話 怪物現る part2
「あの。あのさっ」
隣の席の子は、急に語気を強めた。呑気な私とは違い、覚悟を決めたような表情で、顔を隈なく紅潮させて、今にも私を殺しかねない、そんな勢いを私にだけ示していた。
私はすぐに異変を察知し、私の心はたちまち、その子に対する恐怖で覆われた。が、ここで私の身体をも、その恐怖で染め上げてしまうわけにはいかない。それを許してしまったら、話のペースを私以外の誰かに奪われてしまうからだ。そんなことあってはならないのだ。
そんな私の防衛本能が無意識のうちに機能したのか、私はその表情を呑気風で保ったまま、ピクリとも動かさずにいた。しかし、初めからずっと私のつま先ばかり睨んでいたからだろう、隣の席の子は、この私の努力には一切気づくことなく、その勢いを一直線に保っていた。
私も私なら、この子もこの子だ。
「今日のさ。あの…、休み時間の。よく、やってる、いや、やってくれてるやつ。ああいうの。なんていうか……。ちょっと嫌かも」
言葉が、ひとつずつ、ひとつずつ、この子のいくつもの臓器を経ながら、外気へと産み落とされていくのを感じた。彼らは、真っすぐに、私の心臓へと向かってくる。
私は、必死に防御態勢をとった。
「休み時間のって、何だろ。なにか悪いことしちゃったかな?」
もちろん、私は、さっきの隣の席の子が言ったことの趣旨は完全に理解している。
私のトークショーへのクレームだ。具体的には、あのエンディングに文句があるということだ。しかし、私は必死に、善意を装ってみせた。自分を守るためだ。ただ、こういうときはいつも不安になる。自分は今、ちゃんと演じることができているだろうか、また、最後まで演じ切ることができるだろうかと。
「あの…。自分のこと気遣ってくれてるっていうのは、わかってるんだけどさ。ちょっと、何だろ。迷惑になってきちゃってるっていうか。えっと。そっとしておいてほしいっていうか。ごめん」
隣の席の子は、私の演技には付き合ってくれなかった。それほどまで余裕がないということか。それとも、すべてお見通しということか。
私は、自分の背中に、汗がうっすらと広がっていくのを感じていた。私の心を支配していたこの子に対する恐怖は、ついに私の肉体まで、その手中に収めようとしているのだ。
私は、自分を落ち着かせること、ただただそれだけに集中した。目の前にいるこの「化け物」を相手する余裕はなくなっていたのだ。
それから、どのぐらいの時間が経っただろうか。私が自分の背中にひんやりとした風を感じることができるようになった頃には、隣の席の子は、私の目の前にはもういなかった。
その代わり「現場」に残っていたのは、空気が無惨にえぐり取られた跡だけだった。
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