相棒から見る、宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(ゴールなんて見えない編)
惑星ルクザンドーラに借金を返しに行くのは気が進まないが、まさか無視するわけにいかない。
無視した瞬間に銀河中の賞金稼ぎが押し寄せてくる。草の根かき分けて探す、ということもある。
サイレント・ヘルメスが惑星ルクザンドーラの指定組織イエローカラーのアジトにある発着場に着陸した時、変に静けさが意識された。
すぐにイエローカラーの首魁ネイキッドシンの手下がやってくる。
俺とユークリッド人の相棒は船を降り、両手にそれぞ持っていたトランクを、悪党の手下の前に置いた。
そのうちの一つが中身を確認され、トランク四つで五〇〇万ユニオが収められていることをしっかり把握した。
どうやら無事に、終わりそうだ。
「次の仕事があるんだが?」
ハルカの奴がそう言った瞬間、全部で六つの銃口がこちらに向いたのは、驚くよりも、やれやれというのが俺の感想ではあった。
結局、こうなる。
「シン様がお話があるとのことだ」
ヘルメットのせいでそいつの声はこもっているが、聞き間違えることはない。
相棒はそれをやんわりと拒否しようとしたが、強く出られる立場ではない。俺は黙っていた。
まずこの場でボディチェックされ、次には薄暗い通路へ六人に囲まれた形で連れ込まれた。
死ぬとも思えないが、死ぬかもしれない。
テクトロンにも死はあった。それが不意にはっきりと思い出せた。ここにある死とは少し違うけれど、似た匂いがする。
通路の先の空間で、ネイキッドシンが待ち構えていた。
よく見ると精緻な彫刻が施され、よくできている玉座に座っている姿は、なるほど、指定組織の一つの首魁なだけはある。
相棒が何か交渉のようなことをしようとしたが、悪党は何を思ったのか、俺の命を弄ぶ気になったらしい。
相棒ではなく、俺のだ。
しかし断るわけにもいかない。
俺が死ぬだけで、相棒が生き残れば、あるいは何かが救われる。
いや、それは幻覚だろうな。
誰も救われやしない。
二人で生き延びた時にだけ、意味がある。
俺は決闘を受けるしかないが、武器はしっかりと選んだ。一目見て武器の状態はわかる。
長い柄のついた槌を手に、剣を持った悪党と向かい合う。
最初は避けることも受けることもできた。
しかし強烈な一撃を受けたところで、膝を狙われた。相手のつま先が膝をしたたかに打ち、破壊はされなかったものの、膝が内側に入るようになった。
激しい痛みを無視して、相手の剣を押し返す。
姿勢を即座に立て直すが、膝は痛み続ける。
そこから一方的になった。上下左右からの斬撃を紙一重で避けるのが限界だ。
余裕があるからのパフォーマンスではなく、そうすることが伏線になるという、際どい策だった。
案の定、剣士は俺を仕留めることを意識し始めている。その思い込みは、加速度的に膨れ上がったはずだ。
あと少し踏み込み、あと少し早く剣を振れば、俺を切れる、と確信を持った。
それが起こったのは本当の刹那だ。
剣を受けながら体を回転させ、槌についている長い柄でその刃を絡め取る。
剣士を引きずり、しかし最後に奴は剣を手放した。
俺は槌のわずかな力加減で、剣をネイキッッドシンの方へ弾き飛ばしたが、ネイキッドシンに刺さることはなく、惜しいことに奴は頭を二つにしそうになった刃を、わずかに首を傾げて避けていた。
ネイキッドシンは俺が負かした悪党を処刑して、そうしてやっと俺と相棒は解放された。
ヘルメスは無事に宇宙へ戻り、俺としては宇宙でイエローカラーが待ち構えていて船ごと俺たちを消す可能性を心配したものの、それは現実にはならなかった。
船をとりあえず、運び屋が集まる惑星ヴュラーへ向けて、エクスプレス航路三九二番線に乗った。
相棒のユークリッド人は、有り金の計算をしなくちゃならん、と操縦室を出て行き、俺もそれに続くが、膝があまりにも痛む。
リビングスペースへ行かず、俺は寝室の方へ行った。
服がボロボロのままなので、脱ぎ捨てたそれは捨てるしかない。
全身にある多くの切り傷は、もう痛まない。テクトロンの治癒力なら数日で治るだろう。しかし膝だけは簡単な治療が必要だ。
寝台の上の段から医療品を入れているケースを下ろし、寝台に座って、膝に痛み止めを塗りつけ、手で触れてみるが、骨も筋もおおよそは無事らしい。
グッと力を込めてサポーターを巻きつけて固定した。
あとは自然治癒でどうにかなるだろうが、あるいは注射くらいはしないといけないかもしれない。
新しい服に着替えて、俺は今度こそリビングスペースへ行った。
相棒はソファに体を預け、電子端末をいじっている。渋面がこちらに向けられ、さらにしかめられる。
「だいぶ必死に仕事をしないと、次こそはネイキッドシンが容赦しないぜ、相棒」
金髪をかき回しながら、そういうユークリッド人に俺は肩をすくめてやる。
「容赦しないもなにも、さっき、俺は容赦なく殺されかけたんだが」
「お前は死なないと思っていたよ、テクトロン」
「そのお前が、俺が戦っている間、どういう顔をしていたか、よく見せてやりたいところだ」
キッチンスペースへ行き、俺はコーヒーを用意した。チラッと相棒の方を見ると、奴はもう電子端末に集中している。
こういうところで気を回すのが、俺の美徳なのではないか。
マグカップに泥のように濃いコーヒーを用意し、相棒の前に置いてやった。
チラッと顔を上げ、「悪いな」と奴は言った。礼を言うのも珍しい。そういうところには、ネイキッドシンのところでの決闘が、相棒も相棒で気が気じゃなかったということか、と思わせるものがある。
ソファに座り、俺はゆっくりとコーヒーを飲みながら、これから補充しておいたほうがいい機器のことを考え始めた。
ユニオに余裕はないから、またジャンク品を買って、自分で調整して使えるようにするしかない。
「なんだお前、膝が痛むのか?」
急にユークリッド人がそう言ったので、マグカップの中の液体に視線を落としていた俺は、ゆっくりと顔を上げた。
不快げなのはいつもだが、ちょっとだけ不安そうな面持ちで、相棒がこちらを見ている。
「膝を壊しにきた時だ。あれは殺しに来ていたからな、手加減なしだった」
「どこかの病院に行くか? できればユニオを節約したいんだが」
「テクトロン人はこれくらいの負傷は当たり前だ。気にするなよ」
ならいいんだが、とユークリッド人はマグカップを手に取り、もう一方の手に持った電子端末を眺め始めた。俺の方にはもう視線も向けない。
コーヒーを飲み終わって立ち上がると、待っていたように相棒が席を立った。
「なんだ?」
思わずそう声をかけると、相棒はそっぽを向いたが、しかし言葉だけは発せられた。
「このゴールの見えない仕事、お前、いつまで続ける?」
答えづらい質問だった。
「お前はいつまで続ける? ユークリッド人」
「質問に質問で返すなよ」
そういう逃げ場、はぐらかしを潰すのもどうかと思うが、仕方がない。
俺はちょっとだけ考えて、答えた。
「ハルカ、お前がやめる時に俺もやめるとするよ」
「俺は死ぬまで、この仕事をすると思うが?」
「事故死を予想しているのか?」
「それだけじゃないな」相棒が苦笑する。「さっきみたいに、悪党に殺されるかもしれない。不愉快だが、ありそうなことだ」
真っ当な仕事をしろ、と言いそうになったが、それは俺にも言えることだ。
「俺のことは気にするなよ、ユークリッド人。お前についていってやるから、自由にやってくれ」
俺は空いている手で奴の肩を叩き、キッチンの自動洗浄機にマグカップを入れておく。相棒はそんな俺をジッと見てから、わずかに相好を崩すと「今日の飯は俺が作ってやるから、膝を大事にしていろよ」と言って、ソファに座り直した。
まったく、この相棒に心配されるようでは、俺も堕落したものだ。
食事は任せる、とだけ言って、俺はリビングスペースを出て寝室へ移動した。
ベッドに横になり、部屋の明かりを薄暗くすると、頭の中でぼんやりと決闘のことを考えた。
検証してしまうのは、悪い癖だ。しかしやめられない。
死んでもおかしくなかった。
正確には、あの悪党どもが殺す気になれば、何の苦労もなく俺も相棒も死んでいた。
そうならなかったのは、奴らの気まぐれと、歪んだ享楽が成した奇跡だった。
まったく、俺も愚かしい。
ここで終わりにして、逃げ出せば、命の危機はなくなるかもしれない。
ただ、相棒を放り出す気にはなれなかった、
ゴールが見えないなんてものじゃない。
いつ脱落してもおかしくないレースをやっている。
チキンレースなどという表現では生ぬるい、ギャンブルだ。
こいつはどうも、俺も変な中毒状態なのかもな。
眠りがやって来るまで、俺の眼の前では幻の斬撃は瞬き続けた。
眼が覚めると、そんなものはもう消えている。何かによって綺麗に解釈されたんだろう。
寝台から起き上がると、膝の痛みは少し軽くなっている。念のため、もう一度、薬を塗り、サポーターを巻き直した。
そうしてリビングスペースへ行くと、うまそうな匂いがする。
キッチンでは相棒がエプロンをつけて、何かを焼いている。じゅうじゅうと音がしている。それだけでも食欲がそそられる。
しかし、肉だろうが、そんな食材のストックはあっただろうか。
俺に気付いて、ちょっとだけ嬉しそうな相棒がこちらを見る。
「とっておきの食材を出してやったんだ、感謝しろよ」
「とっておき?」
「隠し持っていた、俺のための食材だ。お前に決闘を任せた礼だと思ってくれ。すぐ焼けるからな、座って待ってろ」
どう答えることもできず、俺はソファに腰を下ろし、キッチンの方を見た。
あっという間に完成し、テーブルの上に焼いた肉の塊と、どろりとした赤いポタージュ、パンが並んだ。どれも手が込んでいる。
「というわけで」
自分もソファに座り、ニヤリと相棒が笑う。
「危険を一つくぐり抜けた、お祝いだ」
そう言うなり、その相棒の方が先に料理を食べ始めた。
ちょっと違う気もするが、俺は礼を言って、自分の肉を切り分け始めた。なるほど、うまそうだ。どこ産のなんという肉かは、すぐにはわからない。
その肉を噛み締めて、口の中に広がる味に思わず唸っていた。
相棒の方もいつになく嬉しそうだ。幸せそうな顔をしている。
とにかく俺たちはゴールのない生活をまだ続けることになる。
唐突にゴールがある、それも悲惨な終着があったとしても、今だけはそれを忘れることとしよう。
生きている、それが全てだ。
それさえあれば、いい。
宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ アナザーサイド 和泉茉樹 @idumimaki
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