相棒から見る、宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(一人の老人の生き方編)

     ◆


 コッポラというドック船は何度も利用しているが、ここに来ると不思議と新しい発見に出会う。

 オッガナ社のエネルギーチャージャーが今回の発見だった。

 相棒が部屋を出て行ってから、俺はツータ人の親父さんと話を詰めた。

 何度も値段を確認し、あれやこれやで負かそうとするのだが、この老メカニックは見た目通り、頑固だ。

「五〇万ユニオはとても出せないな、親父さん」

「おい、テクトロン、自分に計算力がないことを認めて、七五万ユニオは出せよ」

「五〇万ユニオでもちょっとした船が買える。船一隻より高額なエネルギーチャージャーなんて、他じゃ売れないぜ」

「船一隻よりも高額な、抜群のエネルギーチャージャーが他で買えると思うか?」

 まったく、こういう交渉ごとは、あのユークリッド人の出番なんだがな。

 今頃、どうせ自分の船をうっとりと見てやがるんだ。

 敗北宣言として、俺は溜息をまず口から吐いた。

「七〇万ユニオ、それが限界だ」

「毎度あり」

 そんな簡単な言葉で、ツータ人は契約成立を告げた。

 それからすぐ、今は分解されているエネルギーチャージャーについての具体的な話をした。詳しくは後からとなったが、どうやらここにこの高性能エネルギーチャージャーがあるのは、横流しのためらしい。

「つまり闇市場で買ったと?」

 そう確認すると、老メカニックは開き直るようでもなく、堂々と答えた。

「金になるものは何でも売る、という奴は大勢いるよ。そこらじゅうにな」

「俺たちもいつか、あんたが手塩にかけたヘルメスを売るかもしれないな」

 それはないさ、とツータ人が珍しく、嬉しそうに笑った。

「お前たちは誰にも捕まらないし、捕まえられない。それはわしが保証しよう」

「どうして保証できる?」

「あの船は速い。不自然なほど、速いからな」

「ついこの前、その速さが災いして、宇宙の塵になるかと思ったところだよ」

 でも生きている、と強化外骨格の手が俺の腕を叩く。だいぶ痛むが、もう放っておいた。

 ドックへ戻り、相棒はやっぱり船を見ていた。支払う額のことを話すと、奴は特に気にした様子もない。ユークリッド人の計算能力なら、経済状態と不釣り合いだとすぐに答えは出るはずだが、違うのだろうか。

 俺の計算では、これであと三年は身動きが取れないはずだが、勘違いか?

 もしかしたら、このユークリッド人はあまりの負債の大きさに、現実を投げ出した、という可能性もある。

 とにかく、今はエネルギーチャージャーだ。

 相棒と別れて、俺は貨物室へ戻った。道具が一通り、揃っているのを確認し、ウインチもチェック。ウインチのレールはドックまでの通路の上を走る形で、問題は、扉を通す時だ。大きさがややはみ出すように見えたから、簡単な計測から始める。

 こうしてバラして置いてあるのも、整備済みで運び込めなかったからだろうと当たりをつけたが、本当にわずかにサイズが合わない。

 仕方がないから、三分割で部屋から出すしかない。

 組み立てと同時に整備もして、微調整も行う。

 エネルギーチャージャーは繊細な装置で、ほんの少しでも出力にムラがあったり、安定を欠く場面があると、そこで推進器が決定的なダメージを受ける。

 本来的にエネルギーチャージャーはそんなことが起こらないように、そこそこの出力で使われるし、それも一部の輸送船などだ。

 俺が今、目の前に置いているのは、本当のレース用の、特殊な製品である。

 レースでは極端な設定て、必要な時にギリギリまで推力を発揮できるように使う。ゴールさえしてしまえば、推進器がそれでオシャカになっても構わない、という姿勢である。

 俺たちみたいな密輸屋がそれをやると、いくつかの場面で大問題だ。

 まず俺たちの仕事にゴールはない。あったとしても、中継地点だ。そこで船が死ねば、いきなり廃業しかねない。

 次に、エネルギーチャージャーが暴走して、推進器が破綻し、船が消し飛べば、俺たちも消し飛ぶ。死ぬのは確実だ。

 さらに言えば、レース用のような極端な設定で本当の力を発揮する装置は、メンテナンスが困難で、実用的ではない。

 つまり、俺に求められているのは、調整が楽で、安全で、しっかり力がある、そういう欲張りな装置だった。

 あるか、そんなもの。

 仕方ないと割り切って、自分の間で微調整しながら部品を組み立てていく。

 何度もデータと照らし合わせて、テストもして、しかしなかなか進まない。

 それでも気づくと六時間ほどが過ぎていて、食事の時間だ。

 バラバラにされていたエネルギーチャージャーは、一つの一抱えはある部分と、同様の大きさのもう一つの部分が組み上がっている。つまり三分の二とは言わなくとも、半分程の工程は終わった。

 ドックへ行くと、ヘルメスから古いエネルギーチャージャーは降ろされ、他の部分がメンテナンスされている。相棒はどうやら老メカニックの方へ食事を告げに来ていたようだ。

 二人で老メカニックについて意見交換をしたが、どうしても俺はあの老人がそれほど、孤独を愛しているようには見えない。人の輪を嫌っているようでもないし、孤独を殊更に望んでもいないだろう。

 ただ何かが、それを選ばせた。

 選んで、その先に何か、一人でいることの心地よさ、安心、安寧、そういうものがあったのか。

 食事の最後に、老人が妙なことを言ったので、俺は言葉を向けそうになったが、ぐっとこらえた。

 食事の後、相棒は明日の料理と保存食の調理をするとキッチンへ消え、老人と俺の二人だけがリビングに残った。

 老人はコーヒーを飲み終わると、酒の瓶を傾けていた。ラベルが掠れていて、すぐには何の酒かわからない。

 しかし老人は一口、二口と飲むと、それだけでボトルに栓をして、テーブルの上に置いた。

「毎晩、寝る前に飲む」

 どこかぼんやりとした口調で、ツータ人の老人が言う。

「よく眠れるというわけじゃないんだ。夢を見る」

「どういう夢だ?」

「一人になる夢だ」

「今も一人だろう」

 その俺の言葉に、老メカニックが低く笑う。

「銀河のどこへ行っても、誰もいない夢さ」

「それはまた、ありきたりな夢だな」

「そう。だから、特に悲しくない。いつも、どこでも、わしは一人なんだからな」

 寂しいのか? と言いかけるのに、やっぱりその問いかけは、俺の口からは出ない。

 まるで俺自身に問いかけているような気がするからかもしれなかった。

 俺はテクトロンを抜け出して、こうして運び屋をして、それはつまり、自分が属していた世界から離れた自分が、どこかで孤独を恐れているからではないのか。

 ただ一人、ハルカという無謀な男がそばにいるだけだが、奴がいるだけで俺の何かは満たされ、救われている。

 みっともないことに、俺はそんな些細なことで、安堵もしているのだ。

 もう寝る、と老人を運ぶ強化外骨格が立ち上がった。部屋を出る前に、俺に作業の注意点を告げるが、その言葉の発音もどこか曖昧だった。

 俺はキッチンへ行き、コーヒーを飲もうと思ったが、そこでは相棒が料理の最中だ。エプロンなどをつけ、眼鏡の奥の鋭い視線と不釣り合いだった。

「さっき飯は食べただろ。忘れたのか?」

「コーヒーをもらいたいだけだ」

「勝手にやりな。そこに多機能サーバーがある。羨ましい備品だな、ヘルメスにも欲しい」

 言いながら、相棒は小さいマグカップを突き出してくる。

 それから俺は壁に寄りかかって、暖かいコーヒーをちびちびと飲みながら、相棒が何かの肉を丁寧に焼いている様を見物していた。

「見られると不快なんだが?」

「それは悪かった」

 結局、俺は何かが言いたいようで、何も言えないままだ。

 マグカップの中身を飲み干すと、「そこらに置いておけ」と言われたので、マグカップは流しに置いておいた。

 俺は貨物室へ戻り、またエネルギーチャージャーを組み立て始めた。

 時間はアッという間に流れる。眠気がきて、そんな状態でミスをするわけにいかないので、俺は与えられたゲストルームに入った。一人部屋なのがありがたいが、どこか、落ち着かない。広すぎるせいかもしれない、と考えることにした。

 アラームをかけて四時間ほど眠り、目がさめると、体をほぐして貨物室へ向かった。

 入ってみると、すでに強化外骨格が待ち構えている。

「悪くない腕になってきたな、エルネスト」

 老メカニックの言葉に、どう答えていいかわからないでいると、彼は気にした様子でもなく、いくつかの確認を始めた。主にエネルギーチャージャーのセッティングに関することで、それは彼が今、メンテナンスをしている三連環ハイブリッド推進器と密接に関係する。

 両者のバランスの不均衡は、決定的な悲劇しか生まない。

 しばらく立ち話をして、おおよその要点はつかめた。あとは細かいすり合わせで、それは食事をしながらやろう、となった。

 リビングに入ると、相棒が配膳の最中だ。やはり堂に入っている。

「明後日には出られるぞ」

 ツータ人の言葉に、それは助かる、と相棒が笑う。

「一応、一週間分は料理を作ってある。あとはまぁ、適当にやってくれ」

「十日もすれば、また客が来る」

「俺みたいな気の利く客がどれだけいるかな」

 ユークリッド人のジョークに、老人は静かに笑った。

 食事の間も、ヘルメスの話になる。ヘルメスをメンテナンスをするのは俺でも、飛ばすのは相棒だ。

 二日はあっという間に過ぎ去り、サイレント・ヘルメスは万全になった。

「あまり壊すなよ」

 老メカニックはそう言って、俺たちを見送った。

 操縦室で、俺たちは各種装置を起動させるため、パネルをいじり、スイッチを入れ、弾き、つまみを回す。

「さて、さっさと荷物を届けて、月賦を払えるようにしようじゃないか」

 俺は肩をすくめて見せた。

 いつまでもこの仕事が終わらない気がした。

 そして、ヘルメスが飛ばなくなる時も、ない気がする。

 俺の中にある不安と安心のバランスは、極端なものらしい。

「行くぜ」

 言いながら、相棒がペダルを踏み込み、操縦桿をひねる。

 ゆっくりとヘルメスがドック船から離れ始めた。

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