始まりは小さな出会いから

永陰暦10年 7月


「ぁの...いじょう...で..か。」


燦燦さんさんと輝く明かりの下、近くで、或いは遠くで声が聞こえる。虚ろを漂うようにはっきりとしない意識の中で“声”は次第にはっきりと聞こえてくる。


「あの、大丈夫ですか?」

優しい声音に誘われるように瞼を開くと、人々が雑多に行き交う中でベンチに座る自分を薄桃髪の可憐な少女が心配そうに見つめていた。


「あーっと、あんたは?」


突き放すような言い方に聞こえてしまったのだろうか、少女は一瞬ひるんだ様子を見せたが律儀に自己紹介をしてくれた。


河野 桜カワノ サクラです。あの、私ここで待ち合わせしててずっとここにいたんですけど、貴方がずっとベンチに座ったまま動かなくて、それで、その、もしかしたらどこか不調だったりするのかなー、なんて思ってですね、あの、声を掛けました、はい。」

しどろもどろと話す様子に思わず笑ってしまった。


「フフッ、いや悪い。起こしてくれたんだよな、ありがとう。嬢ちゃんは待ち合わせはいいのかい?俺は別に大丈夫だから、早く行った方がいい。」

目の前の少女を見てみると、そういう口調の人間だと分かったのか薄く安堵のため息をついていた。


「それがですね、友達が少し遅れてるみたいで。私たち、これからライブに行くんです。お兄さんも行くんですよね?会場に入れるようになるのもうすぐですから移動した方がいいですよ。」


「? ライブ?」


「? 右手に持ってるの、『Passion Rose』のチケットですよね?私たちがいくのもその人たちのライブなんです。」


「あぁこれか。」

つられるように右手に視線を向けると確かに一枚のチケットを手に持っていた。

ただしこれは拾い物だ。


(そうそう、確か拾った後に調べてみると近所でやるみたいだったから、持ち主がいないか探そうと思ってここに来たんだっけか。)


「近くで拾ったから、持ち主が来てないかと思って様子を見に来たんだよ。嬢ちゃん、もしよければ会場に行く間だけでもいいから探してみてくれないか?俺はここで待ってるから、もし持ち主を見つけたらここに来るように言ってくれ。時間になっても来ないようだったらそのライブ、覗いてみようかね。」


「分かりました!頑張って探してみます!」


軽い気持ちでお願いしてみたのだが、思ったよりも情に厚い娘だったようで気合いの入った返事をしてくれた。


「おーい、さくらぁー。」

少し遠くで少女の名前を呼ぶ声が聞こえる。待ち合わせの相手だろう。


「みっちゃん!それじゃあ、私行きます。持ち主さん、絶対見つけますから!」


「おぅ、ほどほどに頑張ってくれ。」


少女が去り、場は再度雑多な喧騒に包まれた。


「さて.....じゃあ気長に待つとしますかね。」


喧騒をBGMにベンチに腰かけたまま空を見上げると、遥か遠くの空に網のように広がった根の間から本来の太陽の光がうっすらと入っているのが見える。

その光を遮るようにビル群の中でも一際高いビルの屋上に設置されている人工太陽が燦燦と輝いていた。



西暦1900年代初頭に突如空を覆うようにして現れた根に対して人類は無力だった。

現れる怪物の数々に絶望した人類は国という単位を捨て、各都市各町ごとのそれまでに比べて圧倒的に小さなコミュニティを形成することで、被害を最小限に留めただただ危機が過ぎ去るのを待った。


数年後、怪物に対していくつかの対抗手段を得た人類はコミュニティの拡大縮小を繰り返し現在に至る。

永陰暦、根が上空を覆い怪物が蕾より生まれ堕ちるようになってから人類が定めた新たな時代だ。



少女と別れてから数分後、少女は無事に持ち主を見つけたようで持ち主は俺のところまでチケットを取りに来た。

「もう失くさないように気をつけな。」


「はい!本当になんとお礼を言っていいやら、ありがとうございました。」

頭を下げ、足早に去っていく背中から視線を外すとこの後の予定について考えてみる。


「...今日のところは帰るか。」

探し物は今日も見つからず、アイスでも買って帰るかと立ち上がった。




#####




「あ。」


「ン?」


後ろから聞こえてきた思わず、といった様子の声に気になって振り返ってみると先程の少女が立っていた。


「よく持ち主見つけたな、大したもんだよ嬢ちゃん。」


「チケットちゃんと渡せたんですね、良かったです。」

ホッとした少女の顔にはライブの余韻が残っているような気がした。


「ライブは楽しかったかい?」


「はい!最高でした!」


「そりゃ良かった。そう言えば、友達は一緒じゃないのか?」


「みっちゃんは用事があるみたいでさっき別れたんです。」


「そうなのか、それじゃあ変な奴に絡まれないように――――」

気を付けて帰れよ、と続けようとしたところ気づいた。


甘く刺激的な香り。思わず誘われてしまうような、鼻の奥に沁み込んでくるような


「不味いな。」


「え?」


ぼそりとした呟きに少女が反応したが、気にせずここを離れるように促す。

「ここは危険だ、嬢ちゃんは早くここから――――」


ズドンッ!!


鈍い衝突音が辺り一帯に響き渡る。

二人のすぐ傍、10mも離れてない位置にそれは堕ちた。


丸々とした蕾。細長い花弁が幾重にも重なって出来た鮮やかな蕾だった。


「あの、これって....」

少女の声が震えているのは気のせいではないだろう。


人類が滅亡の危機にまで追い込まれた、諸悪の根源。

破滅はめつつぼみ


今、災厄が花開こうとしていた。


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