第2話 失敗、そして希望

私立秀明学園。


  魔物に対抗できる人材育成のため、東京に設立された初等部から大学までを1つの敷地に内包する巨大な教育兼異世界調査機関である。


  日本が転移してから三年後。


  一番最初に設立された異世界専門の教育・調査機関であり、その功績は大きい。


  卒業生の多くはそのまま政府の調査隊に入ることが多く彼らの活躍により異世界の調査は飛躍的に進んだ。


  そして、そんな歴史と功績ある学園において悠紀たちはーー




「廊下に立つ時ってマジでバケツ持たされるんだな」




  罰を受けていた。




「素人だな、悠紀よ。私はここに立たされるのはもう4回目。つまり先輩だ。敬っていいぞ」




「お! じゃあオレっちは6回目だから大先輩じゃん! オレっちスゲー!」




「凄いな。自分は初めてだ。『さん』付けした方がいいだろうか?」




「健志。真に受けちゃダメだよ」




「だるい、疲れた、帰りたい」




  何故こんなことになっているのか。


  時は30分前に遡る。


 






 


  昼休みの高等部職員室。


  普段であれば和気あいあいとした会話が聞こえてくるところ。


  しかし、今日は違った。


  職員室は声を上げるのも憚られるような重苦しい空気に包まれている。


  原因はデスクに座る30代後半くらいの筋骨隆々の男性教師と夏用の学生服を着た悠紀達。


  男性教師はその厳つい顔に呆れを浮かべながら悠紀達に尋ねた。




「それで? 何で失敗したんだ?」




かつら教諭。失敗ではなく戦略的撤退だ


 」




  大海が男性教師ーー桂 重隆かつら しげたかにいけしゃあしゃあと答えた。


  桂の額に青筋が浮かぶ。




「お前達が夏休みの補修がどうしても嫌だっていうから俺は特別課題を出したよな?」




「はい」




  頷く一同。




「それがクリアできれば補習は免除してやるって話だった。そうだよな?」




「はい」




「課題はゴブリン20体の討伐。本来なら一年がやるような課題だ。二年、加えて個々の能力だけ見ればトップクラスのお前らなら余裕のはずだよな?」




「はい」




「じゃあ、何で失敗したんだ?」




「「「「「「戦略的撤退です」」」」」」




  桂の青筋が1つ増えた。




「質問を変えよう。悠紀、お前の作戦に穴はなかったのか?」




  ここまで生意気な態度を取られても冷静さを失わない桂の器は相当に大きいだろう。


  故に免除とまでは行かないまでも作戦と戦闘の過程によっては補修期間を減らしても良いと桂は考えていた。




「俺が魔法で奇襲をかけ、ゴブリンが態勢を整える前に道也が狙撃。そして、健志がゴブリンを引き付け、その隙に智之が殲滅、大海は智之のサポートでした。一樹は主に健志の回復をしていました」




「良いじゃないか。で、戦闘の内容は?」




「健志が攻撃を忘れゴブリンに囲まれました」






「は?」




「大海と智之が健志もろともゴブリンを攻撃しました」




「……」




「健志を回復しようとした一樹がゴブリンを一緒に蘇生させました」




  桂が大きなため息を吐いた。




「だが、それでもお前達ならまだ何とかなったんじゃないのか?」




「道也は帰りました」




「なるほど。問題があったのは作戦じゃなくて頭の方か」




  桂が天を扇ぐ。




「これで補習は免除ですね」




「……悠紀、何故そう思ったのか、聞くだけ聞こうか」




「先ほどの話を思い出してください」




  桂は言われた通りさっきの話を思い出した。




  悠紀が奇襲をかける


  ↓


  健志がゴブリンを引き付ける


  ↓


  道也、智之、大海がゴブリンを倒す




『道也、智之、大海がゴブリンを倒す』




「俺達はゴブリンを討伐しています」




「その後生き返ってんだろうが! 討伐したっつうなら写真か素材を持ってこい! じゃなきゃ課題クリアにはならん! そのくらい知ってるだろう!」




「では補習は?」




「あるに決まってんだろ!」




「マジかよ!」


「誠に遺憾だ」


「ありえないっしょ……」


「なん……だと」


「ボクの休みが……」


「だる」




「お前ら何で意外そうな反応できんの?」




  あまりの問題児っぷりに頭を抱える桂。




「桂先生」




  「……なんだ? 健志」




「1つ、良いだろうか?」




  先程とは打って変わって偉く畏まった様子。


  自分達の態度や失敗を詫びようというのか?


  それならばと桂は努めて優しい声で答えた。




「ああ、言ってみろ」




「課題は失敗したが補習はしたくない」




「知るかバァァァァァカ!!!! てめーらまとめて廊下に立ってろ!!」








「流石に疲れてきたな。ってかどのくらい経った?」




  時は戻り高等部二階廊下。


  悠紀が額に汗を浮かべながら呟いた。




「ボクもキツい……。昼休みとっくに終わってるし一時間くらい経ってるんじゃないかな?」




「やってらんねーっしょ……」




「それには私も同感だ。しかし、一番辛いのは健志だろう。何せ健志のだけ水の代わりに鉄球が入ってるからな」




  大海の言うとおり健志のバケツには鉄球が山と詰められている。




「なるほど。どおりで重いわけだ」




「いや気づけよ! 鈍感かよ! ……鈍感だったな」


 


  加えて天然である。


  悠紀は呆れと共に肩を落とした。




「つーか道也? さっきから喋ってねーけど大丈夫なん?」




  智之が道也に声をかける、が道也は微動だにしない。


  不審に思い智之は道也の顔を覗き込む。




「あ、コイツ寝てる」




「重いの持ったままよく寝れるね……」




「そういえばさっき窓から水を捨てていたな」




「は!?」




  大海の言葉に悠紀が声を上げる。


  見れば確かに道也のバケツは空だった。




「その手があった! オレっちもすーてよ!」




「『すーてよ!』じゃねぇよ! 絶対これ悪いこと起きるパターンだろ!? 俺知ってる!」




「悠紀は心配し過ぎっしょ。んなこと起きないって」




  バシャー(水を捨てる音)


  ビシャー(下にいた桂にかかる音)




「あっ、やべ……」




  びしょびしょになった桂は智之を見上げニッコリ笑った。




「30秒で行く。そこで待ってろ」










  30秒後、バケツ一杯の鉄球を持つ智之の姿があった。




「センセー! ちょっとドジったからってこれはあんまりっしょ!」




「違うな。これはドジに対してではなく罰を放棄しようとしたことへの罰だ。だから俺はびしょ濡れにされたことは全く気にしていないとも。携帯がダメになったことも今日に限って着替えがなかったこともそりゃあもう全然気にしてなどいないさ」




「ここまで見え見えの建前初めて見たっしょ……」




  笑顔と青筋を浮かべる桂に智之は諦めたように肩を落とした。




「桂先生、やはり自分たちは補習になるのか?」




  懲りずに間違いを繰り返す男、健志。


  悪気なく純粋なのが質が悪い。




「おう! それだけどなーー」




  しかし、桂の反応は先程とうってかわり明るい。




「お前らが成果を出せれば考えても良いそうだ」




「具体的にはどうするのだ?」




  大海が桂に問う。


  それに対して桂は何てことない風に答えた。




「ドラゴンを討伐しろ」




「……本気っすか?」




  信じられないといった口調の悠紀。


  それも無理はない。


  この世界において生態系の頂点に君臨する種族。


  それがドラゴンだ。


  本来なら政府の調査隊員が10人集まってやっと1体倒せるかどうかというレベル。


  それを学生、しかも6人でというのだから悠紀の反応も当然だろう。




「ああ」




  桂から悪ふざけや嫌がらせというような感情は一切読み取れない。


  この男は本気で悠紀達にドラゴンを倒せと言っている。




「いくらなんでも無茶っしょ……」




「まあ、そうだな。確かに『無茶』ではあるな」




  桂はどこか含みありげに答える。




「ま、やるかどうかはお前達次第だ。大人しく補習を受けるも良し、最後まで足掻くも良しだ」




  そう言って桂は去っていった。




「なあ、さっきの話どうするよ?」




  悠紀が尋ねる、が他の面々の顔色は暗い。


  只二人を除いて。


  1人は道也。


  言わずもがな、ぐっすり夢の中。


  そして、もう1人は健志。


  こちらは悠紀の質問の意味がわからないというような表情。




「ドラゴン、討伐しないのか?」




  それ以外の選択肢はあり得ないといった健志の物言いに智之が反応した。




「そりゃあできればそれが一番だけどさ。実際問題無茶っしょ」




「自分もそう思う」




「それならーー」




「しかし、桂先生は好きにしろと言った。なら自分達の好きにやろう。倒せなかったとしてもその時は逃げればいいだけだ。やらないという選択はあり得ない」




  物事を純粋に受け止める健志だからこその言葉。


  そして、それは悠紀達を動かすに十分な言葉。




「そうだな。それに桂教諭は『無茶』とは言ったが『無理』とは言わなかった。少なくとも私達には挑戦するだけの力はあるということだろう」




  大海が自信ありげに笑う。




「確かに! それに夏休みが勉強漬けってのは勘弁っしょ!」




「それはボクも同意見かな」




  腕捲りをする智之と微笑む一樹。


  気合いを入れるように悠紀が両手で自分の頬を叩く。




「うっし! んじゃあ一丁ドラゴン退治と行きますか!」


 


「「「「おう!!!!」」」」




  その後、目を覚ました道也が物凄く面倒そうな顔をしたのはまた別の話。

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