俺達異(常な)世界で学んでます~異世界日本における極平均的な男子高校生の日常~
しろ
第一章
第1話 異常、そして日常
日本はどこにあるでしょう?
この質問に対して多くの人は世界地図を頭に浮かべるだろう。
しかし、そのどれもが外れ。
300年前、日本の歴史が大きく変わった。
西暦2022年8月24日、『日本は地球上から消失した』
始まりは震度5程度の地震。
地震が収まったときにはいつもの日常を取り戻す筈だった。
が、そうはならなかった。
初めに異変に気づいたのは海沿いに住む人々。
彼らは口々に言った。
『海が消えた』と。
代わりに現れたのははどこまでも広がる荒野と異様な生物達。
それらはこちらを視認するなりいきなり襲いかかってきた。
政府はすぐさま自衛隊を派遣したがそれらには銃やミサイル、麻酔、毒物などが一切通じなかった。
その生物ーー魔物にはこの世界においてあらゆる生物が潜在的に持つ『魔力』と呼ばれる力しか通じないと気づいたのは日本が異世界に飛ばされてから約半年後のことだった。
対抗手段を得た人類は何とか態勢を立て直したが国土のほとんどを魔物に蹂躙され、辛うじて守れたのは東京と大阪のみ。
今現在も人類が安全に暮らせるのはこの2つの都市のみである。
しかし、不幸中の幸いか。
現在、その2箇所に限って言えば日本はかつての日常を取り戻すまでに回復した。
一部、新しい日常を加えて。
これは異常な世界で暮らす男子高校生達の日常の物語である。
暦は7月、いやに大きな月が浮かぶ夜。
その光に照らされるのは廃墟と呼んで差し支えないほどに寂れ切った住宅地。
屋根が朽ち落ち、かろうじて残った壁にも穴が空いている家屋。
錆び付いた道路標識にアスファルトを突き破り生い茂る草木。
この荒れ方を見て人が住めるとは誰も思わないだろう。
しかし、それは悪魔で人ならばの話。
人ならざる者にとってここは絶好の住み処となっていた。
例えばそれは緑色の小鬼。
その小鬼の群れーーゴブリン達は廃屋の中で眠りについていた。
武器が手元に置いてあるもののその姿は無防備極まりない。
そして、その様子を離れた坂の上から窺う6人の少年達。
歳は16、7と言ったところか。
夜遊び、というわけではないだろう。
迷彩服に丈夫そうなベスト、手には武器。
とても遊びに来る格好ではない。
「
杖を持つ少年が振り向き、伏せてライフルのスコープを覗く少年に声をかけた。
「数は80、よく眠ってる。僕の見立てなら多いけど奇襲をかければいける。どうする?
道也と呼ばれた少年が覇気のない気だるそうな声で杖の少年ーー悠紀に答える。
「じゃあやるぞ。俺が魔法で奇襲をかけるから態勢を整えようとした奴優先で狙撃してくれ」
「わかった。とっとと終わらせて帰ろう」
「自分は何をすればいい?」
左手に大きな盾を着け、右手には更に大きなハンマーを持つ大柄で無愛想な少年が悠紀に聞いた。
「
「わかった」
「オレっちは前で暴れてればいいっしょ?」
2本のナイフを持つ小柄な少年がヘラヘラと聞く。
「ああ。健志を巻き込むなよ、
「そしたらボクは後ろから前衛の回復かな?」
手ぶらの緩い雰囲気のノッポな少年が確認する。
「おう、
「前衛を突破したゴブリンの始末は私がやってやろう」
銀色のハンドガンと片手剣を持つ態度の大きい少年が自信満々に言った。
「くれぐれも前に出過ぎるなよ?
悠紀の言葉に全員が頷く。
メイジ、スナイパー、タンク、アタッカー、ヒーラー、遊撃手という隙のない編成に堅実な配置。
それらに裏付けされた自信が少年達を高揚させる。
「それじゃ、俺が魔法を撃ったら前衛は前に出てくれ」
「わかった」
「あいよー」
悠紀が杖を構える。
「焼き尽くせ!『ファイヤーボール』!!」
悠紀の前方に魔法陣が浮かび、そこから巨大な火の玉が廃屋に向かって放たれた。
20近くのゴブリンは悲鳴を上げる間もなく業火に焼かれ絶命した。
「『秀明学園二年第十班』状況開始!」
悠紀の掛け声と共に全員行動に移る。
そして残ったゴブリンは目を覚ますなり慌てて武器へ手を伸ばし……ーー眉間を稲妻に貫かれた。
その様子を見た他のゴブリンに動揺が走る。
そして武器を持とうとした5匹がその隙を突かれ、同じ末路を辿った。
「命中……」
気だるげに道也が呟く。
先ほどの雷は彼のライフルから放たれた。
この銃は魔法を弾丸として放つ魔法銃と呼ばれる物だ。
攻撃範囲、威力は魔法に及ばないがスピード、正確性はそれを凌ぐ。
「ふんっ!」
健志がゴブリンの群れの中心に飛び込み勢い良くハンマーを叩き込む。
瞬間、廃屋と共にゴブリン達が吹き飛んだ。
地面にできた巨大なクレーターがその威力の凄まじさを語る。
「来ないのか?」
そう言ってクレーターの中心で身の丈以上のハンマーを片手で軽々と持ち上げる健志。
その姿はゴブリン達の恐怖を煽るのに十分なものだった。
ゴブリン達の頭に逃走の2文字が過る。
しかし、先ほどから逃げようとした仲間が謎の稲光に次々と倒れている。
ここで背を向ければ自分達も同じ目に会うのは分かりきっていた。
そして恐怖に駆られたゴブリン達はろくに武器も持たないまま一斉に健志へ襲いかかった。
健志は大勢のゴブリンの攻撃を一歩も退かずに正面から盾で受け、あるいは相手の力を利用し受け流す。
そうして健志に気を取られているゴブリンの一匹が突然首から血を吹き出した。
他のゴブリンが気づいて確認するが、そこには仲間の亡骸以外存在しない。
そしてまた一匹、一匹と倒れるゴブリン。
「トロ過ぎっしょ」
そう呟く智之の手には血に濡れたナイフ。
直後、彼は素早くゴブリンに肉薄し、一瞬で急所を斬り裂く。
その二人からかろうじて逃れたゴブリンは氷の弾丸に撃ち抜かれ、あるいは剣で真っ二つに斬られた。
「小鬼風情が私を抜けると思ったか」
大海は左手で魔法銃を撃ちながら、右手で剣を振るう。
左右の手で別の標的を狙いながらもそのどちらもが全く外れない。
一方、健志。
まだ余裕はありそうだが引き付けるゴブリンの数が増え、致命傷には遠く及ばないものの小さな傷が増えてきた。
「リジェネレイト!」
一樹が唱えると優しげな白い光が健志に向かって飛んでいった。
それを受けた健志の身体から傷が消えていく。
新たにできる傷も数秒後には癒えていく。
リジェネレイトーー継続効果のある回復魔法である。
その性質上盾役と相性の良い魔法だ。
作戦通りに事が進んでいた。
この時までは。
悠紀が異変に気づいたのはゴブリンを半分以上倒したときだった。
『健志にまとわりつくゴブリンが多すぎる』
健志の姿は見えず、悠紀から見たそれはまるで団子のようだった。
健志が無事ならばそんな状況にはならないはずである。
まとわりつくそばからゴブリンを倒して行けば良いのだから。
加えてそんな状況にも関わらず健志の声は通信機から一切聞こえてこない。
悠紀の脳裏に最悪の事態が過る。
「健志!おい、健志!大丈夫か!?大丈夫なら返事をーー」
「どうした?」
通信機から戦闘前と変わらない高志の声が聞こえてくる。
「よかった。無事だったか…」
「ああ。ダメージは少ないし特に不自由もない」
「うん? 動けない訳じゃないの?」
「ああ」
「じゃあ、なんで反撃しないの?」
「ん? 反撃?……あー、敵を引き付けることしか考えてなかったな」
「なるほどー! 確かに引き付けろとしか言ってないもんね☆ってアホか! お前それただの的じゃねえか! そりゃゴブリン好き放題やるわ! 団子にもなるわ! だって何もされないんだから!」
「飽きたな」
ふと大海が呟いた。
「ふむ……突っ込むか」
「突っ込むな!」
悠紀の忠告などどこ吹く風。大海は前線に突っ込んで行った。
「おい、智之」
「何だし? ってか大海前来すぎじゃね?」
「私の方が上手くゴブリンを狩れるからな。前に来るのは当然だろう?」
「は? なんつった?」
大海の挑発に智之が食いつく。
ーー食いついてしまった。
「そこまで言うなら勝負しかないっしょ!」
「どちらが多くのゴブリンを狩れるか。それでいいな?」
「問題ないっしょ」
「大ありだ! つーか俺の話を聞け!」
ここに二人のゴブリンスレイヤーが生まれた。
そんな彼らが狙うは多くのゴブリンが集まる場所。
そうーー
「お! あそこゴブリン団子みたいになってるじゃん!」
健志である。
「勝つのは私だ!」
「やめろおおおおお!」
智之のナイフがエメラルドの輝きを放つ。
それを振るうと巨大な風の刃がゴブリンめがけて飛んでいった。
大海は手数勝負。
つららのように鋭く尖った氷弾を雨あられと撃ち込む。
健志は武器を持った手はどっちか思い出していた。
「健志いいぃぃぃ!」
智之と大海の攻撃がゴブリン(健志)に命中した瞬間、すさまじい爆発が辺りを襲う。
「一樹! すぐに健志の回復!」
悠紀の指示は素早かった。それは正しい判断ーーのはずだった。
「わ、わかった!ラストエリアヒール!!」
一樹が唱えた瞬間白い光が一帯に広がる。
それは広域かつ強力な回復魔法。
どのくらい強力かというと死後間もない弱い生き物なら即座に息を吹き返すほど強力だ。
そう、例えば『ゴブリン』とか。
「「「グオオオオオォォォ!!!」」」
総勢80匹、完全復活。
「あ、やっちゃった」
「やっちゃった☆じゃねぇよ! このアホ!」
苦境。
だが、策がないわけではない。前衛がゴブリンを食い止めながら後退し、後ろから悠紀と道也がゴブリンを殲滅すればまだ逆転の目はある。
「道也!」
悠紀はすぐ後ろの道也に振り向く。
「ん?」
そこに道也の姿はなく代わりにメモが1枚。
『眠い、帰る』
「帰んなあああぁぁぁ!!!」
改めて言おう。
これは異常な世界で暮らす男子高校生達の日常の物語である。
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