性癖トガリネズミになるから鑑定スキルだけはやめておけ。絶対やめておけ。

桜木武士

第1話

「鑑定」スキル。


それは、この世界に存在する魔法の一つ。


一般的には、視覚、聴覚、もしくは触覚などの感覚によって対象物を解析するスキルのうち、言語を媒体にしてその概要や効果を知る事ができるもののことを指す。


高度に洗練されたそれは皆の憧れの対象であり、花形のスキルの一つと言っても良い。


しかし今回伝えたいのはそんなことではない。


先に言っておくが、これは警告文である。


「鑑定」というスキルは、そう良いことばかりではないのだ。





まず基本的に、日常生活は非常に辛いものになる。


鑑定スキルというものが、多くの魔法と異なり生得的な五感と強い結びつきを持つと言うのは、魔法の初歩を学んだ学生ならおそらく知っていることだと思う。要するに、「完全なオフ」が難しいのだ。


高度な鑑定スキル持ちの感知する世界は他とは全く異なる。

どうか想像してみて欲しい。


馬車のドアにも飲み屋の椅子にも路地裏の窓にも旅先の店にも新聞の隅にも、例外なく人の痕跡というものは残っている。

その事実を知っている者はいても、いちいち想像する者はいないだろう。知らぬが仏、というやつだ。

しかし鑑定スキル持ちには容赦なくその情報が入ってくる。その内訳を抜粋してお届けすればこうだ。


おっさんの皮脂。おっさんの腋臭の残り香。おっさんの毛根。おっさんの角質。おっさんの唾。おっさんの痰、おっさんの(ry。おっさんの(ry。


潔癖症なら穴という穴を焼き切って容易に発狂死しているレベルだろう。


中にはここでは挙げられないようなおぞましいモノもいくつか含まれているが、これから真っ当な鑑定士を目指そうと考えている純粋な若者たちのため伏せておこう。

皆公共の場で何をやってるんだ。


その分痴漢の摘発率は高まってかなり低下したらしいが…。





──さて、これを聞いた皆さんの中には、これがおっさんじゃない人の老廃物ならまだ良い、むしろ美女のものなら歓迎と思う、ちょっとハードな嗜好の者もいるかもしれない。


確かに、ボインのお姉さんの3日洗っていない頭皮なら興奮もしよう。衛兵のお姉さんの鎧の関節部分で固まった皮脂汚れなら好意的な感情も抱けるだろう。


だが悲しいかな、今のこの世はだいたいおっさんで形成されている。人口比率としても、労働人口の内訳からしても、それは現状、仕方がない。


だからこのやり方で思うように性的興味が満たされることはほとんどない。

そして満たされない時人間がどうなるかというと──


諦めるわけではない。愚かなことに、さらに欲を強めるのだ。



だからこれは警告である。

どうか前途ある若者たちはそんな修羅の道を進まないでほしい。進むべきではない。

やめておいて欲しい。

言ってやりたい。その先は地獄だぞ。と。



そしてもし君が、僅かでも誘惑に負けそうだと思うならこの先は読まない方が良い。


今すぐにこの手記をそっと閉じて、鑑定士以外の職業を目指せば良い。


──頼むからこっちの世界には来るな。







そうか。読むのか。

じゃあ良いだろう。地獄を覚悟してくれ。


俺がこの性癖に目覚めたのは学生の時だった。

当時俺は某有名国立魔法学校の生徒で、特に「鑑定」魔法の扱いに関しては既にちょっとしたものだった。


将来についてはっきり決めていたわけではなかったが、一流の職業鑑定士になるために必要とされる国家資格も既に取得していた。それこそ、鍛錬を積めば国の専属鑑定士になれるだろうし、概ね人生の展望はバラ色だと言って良かった。


そんな俺の目の前に、ある日突然舞い降りてきたものがあった。成功へのチケットではない。可憐な女の子でもない。

それは靴下だった。風が強くて近くの洗濯物が飛んでしまったのだろう。

控えめに飾られた花のワンポイントが、持ち主の姿を想像させていた。


……俺はそれを、事もあろうに持ち帰ってしまったのだ。それが悲劇の始まりだった。


言い訳しておきたいのだが、13〜17歳の男子というのはおしなべて、性に対する探究心がバグっている。


俺は持ち帰ったそれをどう活用するべきなのか思い悩み──何を思ったか「鑑定」スキルを使用した。

今までテストでしか使ったことのなかった魔法を私的に使用する事というだけで、その時の俺には背徳感があったのだ。



「スゥーーーーーーーーッ………」

言い忘れていたが、俺の鑑定スキルは嗅覚型である。嗅覚を通して得た情報が文字となって表れるのだ。つまり鑑定のためには対象物を鼻に当てて吸い込む事が必要になる。


拾った靴下を鼻に当ててしっかり吸い込む姿はそれはそれで既に立派な変態だったが、当時の俺は知る由もない。

果たして、俺が目にしたのは──



めくるめくバラ色の世界だった。

卓越した鑑定スキルによって脳に浮かぶ詳細な靴下の歴史、軌跡、物語。

思わず息を呑んだ。手には汗をかき、脈拍は運動時レベルの数値を叩いていた。

そこには少女の生活があった。俺は暫し彼女と生活を共にしていた。少女の足裏から滲み出る汗と脂を吸い込んでいた。

何度も、その細い足を抜き差しされていた。


「ぅ……、あぁぁぁ………っ!!!!」

未知の快感が全身を駆け巡り、その衝撃で靴下は鼻からずれ落ちた。しばらく呆然とするほかなかった。

……それが俺の「目覚め」だった。



今思えばそれは甘い餌だった。ビギナーズラック。ディア◯スティーニの創刊号。福袋ガチャ。

コストが低く質の高い成功体験。

一度与えられた快感を、人間はそう簡単に忘れることはできない。


それからというもの、俺は合法的に吸えるブツを探すのに必死だった。靴下は当然擦り切れるほど何度も吸っていた。


例えば、最初の狙い目は文房具などだった。教室でうっかり落としたところに遭遇すればラッキーだが、そう多くあることでもない。


そこで俺は落とし物を少しずつ持ち帰るという手に出た。そこには男子生徒の私物も紛れていたが、女子の私物に当たればラッキーだった。しかしそれもすぐに底をつき、ついでに不審な持ち去りと魔法学校内で小さな問題となった。


俺はさらなる鑑定を求めた。吸いたい。吸いたい。


薬物中毒者のようにだんだんとギラギラしていく目を見て、女子は自然と離れていった。


しかし俺はそんなことは気にもしなかった。既に理想とする女子は文字情報の中のみにあった。俺は学校にいる間じゅう、その片鱗を探し求め続けた。


鑑定スキルはいつのまにか、学生にして第一線級と言われるものになっていた。それも当時の自分にはどうでも良いことだった。


「吸いたい…吸いたいよぉ……吸わせてくれよ…」


卒業式が近くなる頃には俺と性癖談義をしようなどと思う男子はいなくなっていた。細かすぎるシチュエーションを共感してくれる相手はいなかった。

むしろ少し話をすると引き攣った顔をして去っていくだけになった。友好関係も、他生徒からの羨望の眼差しも消え去り、ドン引きはいつしか憐れみへと変わっていた。

あだ名は「天才鑑定士」から「変態鑑定士」になっていたが、やはり俺は気にしなかった。



しかしやはり、ネタが尽きかけているのだけは問題だった。日々新たな鑑定対象を求めて目を充血させた。

能力は群を抜いて高いままだったから、諌めてくれる教師も居なかった。誰か止めてくれれば良かったのに。


そんな俺に天啓が降りたのは音楽の授業中のことだった。


魔笛。

特殊な鉱物で構成された小さな縦笛。簡単な魔法の行使から、危険魔獣の使役にまで使用される、ごく一般的な魔道具。読んでいる君たちも学生時代、一本は持っていたことがあるだろう。


この魔笛は当時、学校に置いておくのが決まりで、それぞれのロッカーに保管してあるのがほとんどだった。

当然、考えてしまう。


──これ、吸っちゃダメかなぁ。


しかし俺は思いとどまった。

それはダメだろうと。人間としてなんかダメだろうと。

二度と本人のもとへ戻らず、それを気にすることもほとんどないであろう廃棄物ならまだしも、放課後の学校に忍び込んで現役の人の所有物に手を出すなんて。


夕焼けに照らされ、人のいない木造の教室に立つ。

ロッカーの中にクラス分の魔笛があるのは分かっていた。


…しかし同時に俺の心にはまだ確かに、自制心というものが残っているのも感じていた。

「…帰るか」

オレンジ色の夕陽を背にして、暖かなご飯が待つ家に帰る。そういえば最近ちゃんと家族と会話してなかったな、などと思いながら。




「スゥ〜〜〜ッッ!!!スゥ〜〜〜〜ッ!!」

「鑑定」。「鑑定」。

真夜中の学校で俺はひたすら鑑定していた。そこにいたのは1人の修羅だった。

激しく吸うたびに、魔笛はぴい、ぴいとか細い音を立てた。

結局卒業するまでに、俺は学校の女子全てのリコーダーを吸引(鑑定)してしまったのだった。




盛り上がってしまったが、着いて来れているだろうか。大丈夫だろうか?うん。

ではここで休憩がてら余談を二つほど。


断っておくが、俺は匂いフェチではない。


そもそも、「鑑定」で匂いは感じ取れないのだ。分かるのは、あくまでその成分。それが形成されるに至った過程。それが該当箇所に付着した経緯。

鑑定でわかるのは、そういった文字情報であるから、俺は実際は匂いではなく匂い立つシチュエーションに興奮を覚えるということだ。勘違いしないでもらいたい。


もう一つ。「鑑定」による自◯行為には事故がつきものだ。

初めに述べたように、美女だけの痕跡を残したものなどこの世にはそうない。たいてい何処かでおじさんに行き当たってしまうのだ。まあ25の俺もそろそろおじさんなのかもしれないがそれは置いといて。


こう聞くと、おっさんの残り香など乗り越えろと思う者もいるかもしれない。しかしそれは困難だ。想像してほしい。えっちな本や立体投影を見ている時に、おっさんがちらつく光景を。

顔だけではない。時には脇であり、鎖骨の間であり、太腿の擦れる部分であり、局部である。盛り上がりに盛り上がってフィニッシュ直前におっさんがフェードインした時なんか目も当てられない。寝室からトイレに駆け込んで一晩嘔吐したことも一度や二度ではない。



さて、下らない閑話休題は切り上げて本題に戻ろう。

前述の通り見事性癖トガリネズミとなり果てた俺を癒せる者はもうお店にもいなかった。


その渇きを癒すために俺はまた「鑑定」を使った。俺の性癖はさらに鋭角になっていった。


それが今の俺だ。一日のうち鑑定をしたいと思う回数こそ学生時代より減ったものの、今度は質を求めるようになっていた。


就職はしなかった。

基本的に「鑑定」が手に職で食いっぱぐれない仕事なのが幸いだった。高いスキルをいいことに俺は短期で仕事をしては長く休みを取り、また無くなったら適当に働くという不真面目な生活を送っていた。


そんな俺には──

長く、憧れた鑑定対象があった。


「蒲団」。

人間を毎晩その間に挟む保温性の高い布。寒暖差の激しい「ヒモト」という国でメジャーに愛用されている寝具だ。

うちの国で使われている寝具よりも厚みがあり、何より水による丸洗いの絶対回数がとても少ない。消毒方法は、一般的に天日干しなのだ。


ただ、蒲団はその分、プライベート性が高かった。距離の遠い客人からは基本的に隠される品である。

しかし俺はその話を聞いた時にはもう既に心惹かれてしまっていた。


──どうにかして蒲団吸いたい。蒲団吸いたい。鑑定したいなぁ。


俺はいつしかその考えに取り憑かれていた。ふらふらと放浪してついにヒモトに住居を移していた。言語を覚えるまでに時間は掛からなかった。


「蒲団吸えないかなぁ…」


現実的かつ犯罪にならない方法としては、この国で彼女を作って、彼女の家にある布団で同衾する、というのが一番手っ取り早い方法なのかもしれない。それは俺もわかっている。しかし、その方法はどうしても不可能なのだ。


モテない訳ではない。さすがに超絶美男子とは言えない顔だが、清潔さには気を遣っていたし、スキルの高さは本当だから金の匂いを嗅ぎ付けて近寄ってくる人間も結構いる。


しかしそれでも今の俺に正常な恋愛は些か困難だった。

まず一歩目として──普通の性行為が出来なかった。だってただの女体では勃たないのだから。息子のバカ。意気地なし。


「あ〜〜〜〜〜もう、どうやったら布団吸えるんだよぉ〜〜〜!!!」


新品調達した自前の高級布団の上でバタバタと暴れる。中古家具店でめぼしい布団を探すのだけが、今の俺の生活だった。




そんな不審者の部屋のドアを、叩く者がいた。

「あの、◯◯さん。いらっしゃいますか?」

訪ねてきたのは、俺が今間借りしている部屋の管理人だった。

ドアを開けるとちょこんと管理人さんが立っていた。親から受け継いだらしく歳は俺と同じぐらいだが、童顔に似合わずかなり積極的な印象がある。


「あの、夕飯を作りまして…良ければ、ご一緒しませんか」

そう言う管理人さんの頬は僅かに赤く、なんてことのない誘いの言葉になんとも言えない含みをもたせている。おそらく、全く考えすぎという訳でもないのだろう。


だが残念、この国特有の衣装から除く白いうなじも、結び目からだらしなく垂れた何房かの髪も、今の俺を興奮させるものではなかった。


俺は既に鑑定のテキストを通してしか女体に興奮できない悲しきモンスターだった。泣いてない。いや、泣いていい。

それでも恋しき蒲団チャンスを求めて、俺は階下の管理人さんの部屋へのこのこと上がり込む事にした。望み薄であると知りながら。




──ところが、招かれた食卓で俺は思わぬ邂逅を果たすこととなった。


「どうぞ、掛けていてくださいね。今お茶でも出しますから」


居間の中央に鎮座していたそれは、足と天板との間に厚い布を挟んだ低い机だった。木製の天板が天井の光を柔らかに写している。


「これは──」


「炬燵」。

これも同じ国の特産物。のはずだが、その時まで俺はその実物についてはよく知らなかった。

しかしそのビジュアルに、なんとも言えぬ胸の高鳴りを覚えた。基礎的な視覚による鑑定スキルを即座に起動し、その用途と組成を確かめる。


その結果に、俺は思わず頬を緩ませた。


なるほど、視れば視るほど──これは理想的な家具じゃないか。


視覚による鑑定結果に曰く、炬燵は、冬に使う暖房器具の一つだ。寒い国にはこれに類するものがいくつか存在する。床などに熱源を設置し、周囲を布で覆う事で保温するという仕組みで、見た目通り、天板を置いて机として使うことが多いらしい。


しかし机と侮るなかれ。この炬燵の用途は実のところ多様である。

まず食卓として。この家でもその用途で使われていることは間違いないようだ。となると、生活による痕跡は色濃く残る。この時点で期待は大きい。

そしてもう一つ、寝具として。あくまで本来の用途としては暖房具であり、ここで一晩を過ごすことは推奨されない筈だが、人間誰しもうっかりという事がある。特にこの炬燵という家具の魔力は絶大であるらしい。一度入ると根が張ったように出る事が困難になり、そのまま使用者を眠りに誘ってしまうという。

要するに一粒で食と睡眠という二つの要素が味わえる訳だ。


まさに理想的だ。理想的すぎる。


となれば──「炬燵」、鼻から吸って《鑑定して》みたい。これなら閨を共にするまで関係を深めて寝床に入り込む必要もない。目的のものは目の前にあるのだ。


しかし、ここでもモラルの問題が付き纏う。

いくら手の届く場所にあるからと言って、まさか招かれた食卓でいきなり欲望を満たす訳にはいかない。

俺にだって守るべき倫理とプライドというものがある。まずはじっくり、管理人さんと仲良くなって、話はそれからだ。


今日はただ、美味しい料理にお呼ばれして、暖かい炬燵でゆっくりするとしよう。


俺は膨らむ期待を鉄の自制心で中和し、心を落ち着かせた。なに、性的アプローチを使わずとも女性を落とす方法はたくさんあるのだ。


「あ…いけない。そういえば、煮物の仕上げがまだだったわ。焦げやすいからつきっきりで見ておかなきゃ、せっかくお客さんがいらっしゃるのに…」

管理人さんが困った顔をした後、こちらに顔を向ける。

「すみませんけど少し台所に行きますね。ゆっくりしていて下さい」

そう言って食卓へと発つ管理人さんを、俺は紳士的な笑顔で見送った。








「スゥ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!」

ちかちかと白飛びした頭の中に情報が浮かんでくる。


先ほど見た炬燵についての概要の情報を通り抜け、数式、化学式と、さらに解析は進んでいく。情報の深度が深まっていく。その間に出てくる大量のノミの情報とか知ったこっちゃない。ぶっちゃけ人間の近くならどこにでもいるからもうお友達である。決して得にはならないが吸っているもの。大気中の80%を占める窒素みたいなものだ。


「きた……」

ある一定の深さで、果たして俺は持ち主の生活情報にたどり着く。


良い、良い。最高だ。奥さんの生々しい生活の気配がテキストを通してありありと浮かんでくる。暖房機能によりじっとりと蒸された汗、染み込んだ寝息、僅かな食べ物の飛沫。


と、しばらく管理人さんの日常生活に寄り添っていると、他のものとは異なる痕跡に気がついた。


「これは──」

アンモニア比率と得意な成分…これは、尿だ。


解析によって推理された状況が文章になって浮かぶ。どうやら奥さんはここで粗相をしてしまったことがあるらしい。

炬燵の絶大な吸引力から逃れられず、そのまま漏らしてしまったようだ。


尿か。正直なところ俺は、排泄物は──




イケる。全然いける。まだいける。むしろ、汗や涙と同じ老廃物ではあるが、そこに至るまでの過程、メッセージ性というものがあるのがいい。興奮は高まるばかりだ。このまま走り抜けられる。


さらに情報は深まる。複雑な魔力の連続使用に脳が熱くなり、余計な情報がシャットアウトされていく。俗に言うゾーンに入った状態だ。


確か「鑑定」でゾーンに入れるのは高位魔族などコンピュータ並に複雑な情報を相手にするSS級パーティの鑑定士ぐらいのものであるらしい。無論そんなことは今どうでもいい。


しばらくすると、今度は管理人さんが炬燵の中で服を脱ぎ始めた。自分の指で秘めた箇所に触れ、客も呼ぶような部屋で背徳的な事に及ぶ管理人さんの姿が目に浮かぶ。跳ねる身体を擦り付けられた炬燵布団と感覚がシンクロする。


期待以上だった。若い管理人さんの艶かしい肢体。実際に目撃する以上に細かく鮮明な情報の洪水を脳に受けて、股間を熱くする。


するとそこに、もう一人の女性の気配が現れた。

同じくフェロモンと特有の体液を分泌し、炬燵の中へ入ってゆく。


「むっ。これは──」


管理人さんと女性の痕跡が混ざる。境目がないほどに。身体が重ねられ、互いが互いを触る事で、炬燵の内部の空気はさらに濃く煮詰まっていく。


百合か。正直同性でのまぐわいは──





イケる。全然イケる。

むしろ、そこで事が行われたベッドで男側のビジョンも見えてしまって萎える、という事故の心配もなくなるのだ。それに見ていると独特の胸の高鳴りがあるような気もする。


帰ってこない管理人さんを良いことにそのまま深い鑑定に耽り続ける。こんな最上の「鑑定」を味わってしまったらこれからまた更に自らの性癖を持て余すであろうということは分かっていた。しかし止められなかった。


長くねっとりした二人きりの情事に、もう一つ、人間の痕跡が現れる。


さらなる参戦者か。管理人さん、元気だな。


3人になって俄然盛り上がりを見せる炬燵の中。外枠はぎしぎしと揺らされ、天板の上の蜜柑も落ちそうになっている。特に3人目の女性は体格がかなり良いようで、ただでさえ狭い炬燵は悲鳴をあげている。


もはや俺の興奮を止めるものはなかった。炬燵の持つ情報量がこれだけのものとは。やはり俺が求めたものは間違いではなかった。俺の意識は炬燵の記憶と完全に共鳴し、悦びに身体を震わせる。管理人さんも、俺も、絶頂は間近だった。



──しかし先ほどから、弾き出された光景に何か違和感があった。


3人目の参加者のことだ。

…太いスネ毛。筋肉質な身体。処理の甘い女の子だろうか。鍛えている職業なのだろうか。


いやまさか、そんなはずはない。最悪の予想を恐れてなんとか都合の良い方に解釈しようと最大限に頭を働かせる。


OK OK。体毛?全然OK。どんとこい筋肉、だ。




そんなあらゆる補正を貫通してしかし、


──違和感の正体は無慈悲にもはっきりとその姿を表した。


ボロン。……と。


「……………あっ」

深い絶望の一声。


浮かぶビジョンは股にぶらりと垂れ下がる何か。


頭の中で突如としてブレーキ音が鳴り響く。

危ない。

すぐに止まらなければならない。

とてつもなく嫌な予感がする。


一生残るトラウマが刻まれてしまう。

折角の興奮が台無しになってしまう。


魔法行使の深度を必死に緩める。


だがしかしダメだった。

車は急には止まれない。

限界まで高められた魔術はすぐには解けないのだ。



「ウソ、嘘、嫌だぁ……、〜〜〜〜〜っ!!!」




……汚い男の尻とその先に覗くナニかを眼前にして、俺はソレに触ることなく果てていた。 



もう一度言っておくが、これは警告である。


くれぐれも「鑑定」スキルを趣味に使おうだなんて思わないように。思わないように!!!

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性癖トガリネズミになるから鑑定スキルだけはやめておけ。絶対やめておけ。 桜木武士 @Hasu39

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