ビュザンティオン大空襲

「閣下、どうやら潜水船がビュザンティオンに物資を運び込んでいるようです。封鎖は失敗かと」


 オーレンドルフ大将に悪い報告が入った。


「潜水船か。何とか撃沈出来ないのか?」

「大洋艦隊ですら無理だったのです。我々の戦力では不可能かと」

「……そうだな。我が軍にとって最大の脅威は、この潜水船かもしれんな」


 爆雷が直撃しても平然と再生し艦内容積も広大な潜水船は、地球の潜水艦より大きな脅威である。ゲルマニア軍には現状これに対する有効な攻撃手段がなく、ライラ所長もお手上げであった。


「潜水船はイズーナ級並みの船です。兵糧攻めにするには、一体どれだけの時間がかかることが……」

「ああ。現実的ではない」

「では、やはり強行突破でしょうか……?」

「それでもいいが、もう一つ作戦がある。あまり好かんが」

「まさか、ビュザンティオンに爆撃を?」

「そうだ。制空権は完全に我が方にある。ビュザンティオンを火の海にするのは、そう難しいことではない」


 やるのは簡単である。だが真っ当な人間であれば民間人を何十万と殺すような作戦を正気で実行するのは困難である。


「仮に強行突破を試みれば、両軍に数十万の犠牲が出るでしょう。人が死ぬ数が同じなら、敵に死んでもらった方がよいのでは?」

「そのほとんどは武器を持たぬ一般人だ。軍人と同じにするな」

「しかし、敵国の人間の為に我が国の臣民を犠牲にすることは、許されないのでは……?」

「それもそうだがな……」


 軍人としての正しい判断はビュザンティオンを焼け野原にして最小限の犠牲で攻略することである。だがその為に大勢の民間人を虐殺することは、やはりオーレンドルフ大将には出来ないのだ。


「クソッ。選択肢などないのに、こうも迷うとは。時間の無駄も甚だしい」

「閣下……」

「せめて、一度だけ降伏を呼びかけよう。降伏しなければビュザンティオンに空爆を行うと脅してな」

「それで降伏してくれれば一番ですね」


 とは言え、あのアリスカンダルがそう簡単に降伏を受け入れてくれる訳もない。返ってきた答えはやはり徹底抗戦であった。


「――予想通りだな」

「これで、空爆の責任は向こうにある、ということになるのでは?」

「詭弁だ。そんな論理が通る訳ないだろ。だが、警告はしたという名目があれば、空爆を行うことは可能だ」


 どんな詭弁でも文句を言われた時に言い返せる名目さえあれば、国は動けるのである。どちらの論理が正しいのかは、戦争に勝利した方が歴史書に書くことだ。


「取り敢えず、参謀本部と協議する。連絡を頼む」


 シグルズは未だクバナカン島にいるので、オーレンドルフ大将はオステルマン上級大将に伺いを立てた。オステルマン上級大将は全ての責任を引き受けることを約束し、決定を大将に任せた。


「どうでしたか?」

「判断は我々に任せるとのことだ。必要であれば責任は全て上級大将閣下が取ると」

「な、なるほど。それで……どうされるのですか?」

「ガラティア人の為に我が軍の兵士を犠牲にすることは、やはり出来ない。ビュザンティオンに対して爆撃を行う」

「はっ……」


 かくしてビュザンティオン攻略の方針が決定された。大型の戦略爆撃機およそ200機がビュザンティオンに向けて飛び立つ。ガラティア軍は高射砲で迎撃するが、高高度を飛行する戦略爆撃機にはほとんど届かない。


「爆撃部隊、間もなくビュザンティオン上空に到達します。最後に爆撃の命令を」

「ああ。全機、ビュザンティオンを爆撃せよ!」


 爆撃が開始された。無数の焼夷弾がビュザンティオンに降り注ぎ、家々を、人間を焼き払う。人々は必死で火を消そうとするが、撒き散らされた燃料に着いた火はそうそう消えない。逆に人間に火が燃え移り、次々と炎に巻かれていった。


 ビュザンティオンはそこら中が燃え上がり煌々と輝いていた。市民は炎から逃れて川に殺到したが、水の中でも火の勢いは衰えず、川は死体で埋まっていた。ビュザンティオンに逃げ場などないのである。


「爆撃部隊、全ての焼夷弾を投下し終えました。損害は皆無です」

「そうか。よくやった」

「これが焼夷弾の威力ですか……。先の戦争の時とは段違いですね……」

「水では消えない炎だ。ほとんどの市民は何も出来ずに焼け死ぬことだろう」

「そ、そうですか……」

「これで帝都を明け渡してくれなければ、困る」


 アリスカンダルが諦めてくれないと困る。これほどの人間を殺した意味がない。


 ○


「陛下、最早市民の犠牲は数え切れません!」

「……そうか」


 ガラティア軍の能力は完全に飽和していた。今や誰もビュザンティオンの状況を把握することすら出来ず、燃料が燃え尽きるのを祈ることしか出来なかったのだ。


「この様子では、死人は十万を下らないであろうな」

「はい。加えて、それどころではない者が家を失い、財を失うことでしょう……。陛下、畏れながら、ビュザンティオンではこれ以上の抗戦は不可能であるかと」

「イブラーヒーム内務卿、本気で言っているのか?」

「無論です。軍の機能も既に麻痺しています。ビュザンティオンはもう持ちません! 民にこれ以上の犠牲を強いる訳にはいきません!」

「分かった分かった。…………これより、遷都する」


 イブラーヒーム内務卿はビュザンティオン開城の意をオーレンドルフ大将に伝えた。

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