ヴェステンラント軍の攻勢

 かくしてグラーフ・ツェッペリンの艦内を駆け回り次々と魔導兵を殺害したシグルズ。重装歩兵を殺したことで戦況は徐々に好転し、もうシグルズがいなくても大丈夫そうになってきた。シグルズは艦橋に戻った。


「グラーフ・ツェッペリンの戦況は安定しています。ここは一先ず安全かと」

「よろしい。他の艦は大丈夫なのか?」

「そ、それが、ペーター・シュトラッサーがかなり危機的な状況に陥っているとのことです」

「ふむ。グラーフ・ツェッペリン級に司令官がいると踏んだのか。確かに自然な発想だ」


 最新のグラーフ・ツェッペリン級のグラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーは大型空母であるが、残りの4隻は軽空母のようなものである。指揮官が座乗するならグラーフ・ツェッペリン級と踏むのは悪くない推測だ。実際シグルズがグラーフ・ツェッペリンに乗っている。


「なら、僕が救援に行くとしよう。一番自由に動けるのは僕だろうからね」

「シグルズ様……」

「ヴェロニカはこっちのことを頼むよ。まだ敵は大勢残っているからね」

「は、はい」


 シグルズは艦橋の外に出てペーター・シュトラッサーの救援に向かう。翼を広げて飛び立とうとした、その時であった。


「シグルズ様!!!」


 シグルズの胸を長槍が貫通し、勢い余って艦橋の窓も突き破って、ヴェロニカのすぐ横に突き刺さったのである。だが、シグルズは平然と立っていた。


「大丈夫だ、ヴェロニカ、みんな」


 シグルズはすぐさま傷を修復した。今のシグルズはかつての青の魔女シャルロットに並ぶ再生能力を有しているのだ。


「さて、こんなことをしてくるのは、一体誰かな?」

「ふん。この程度では死なんか」

「やっぱり君か」


 グラーフ・ツェッペリンの対空砲火に狙われず艦橋に近付ける魔女。シグルズにその心当たりは一人しかない。シグルズの前に姿を現したのはメイド服の少女、マキナであった。


「君は前の戦争から何も変わらないね。時間に取り残されるのはどんな気分なのかな?」

「お前が生まれる何十年も前から、私はこの姿のままだ。特に何も感じないな」

「そうか。例えクロエが死んでも、君は何も感じないのか?」

「そ、それは……いや、そんなことはどうでもいい。ゲルマニア総統よ、かつての恩は忘れていないが、ヴェステンラントを侵すと言うのなら、私はお前を殺す」

「やれるものならやってみるといい」

「調子に乗るな!」


 マキナはクロエのように剣を召喚して投げ飛ばし、シグルズの両腕両脚をたちまち切断した。しかしシグルズは一瞬にして手足を再生させた。


「貴様、昔は胸を一突きしただけで死にそうになっていた癖に」

「僕だって訓練してるんだ。前と同じだとは思わないで欲しいね」

「クッ……私の力では分が悪いな。やはり辞めだ」

「何?」

「私は向こうの空母を落としに行く。さらばだ」

「おっと、それはさせないよ」


 シグルズは飛び立とうとするマキナの胴体に太い腐りを巻き付けた。軍艦の錨を繋いでいるような鎖である。マキナは剣で切りつけ鎖を断とうとするが、歯が立たなかった。


「私の剣で切れないだと」

「僕が渾身の魔力を込めて作り出した鎖だ。そう簡単には斬れないよ」

「クソッ……」


 マキナは観念したように翼を収めて艦橋に降り立った。


「本当に不死身の魔女なら、胴体を真っ二つにして脱出する筈だ。だがそれをしないのは、君の身体の中に鉄の骨が入っていて、脱出出来ないからだね」


 マキナは本体たる鉄の骨に肉が纏わりついているような特殊な存在であり、拘束に弱いというのが弱点だ。


「どこでそれを」

「アメリカから裏切ったドノバンという人間に聞かせてもらったんだ」

「アメリカ人だと? クソッ。虫唾が走る」

「まあ、そういう訳だ。どうする?」

「それはこちらの台詞だ。私を捕まえてどうするつもりだ?」

「とっとと帰ると約束してくれるなら、拘束を解いてもいいよ。そうでないのならこの海戦が終わるまで、ここで拘束されていてもらおうかな」


 シグルズは即死させられたら死ぬが、マキナを殺す手段は今のところ存在しない。


「言ってくれるな」

「悪くない取引だと思うけどね。君が暴れたところで僕がいる訳だし、ならばお互いに手を引いた方がいい」

「お前は好きに動けるだろうが」

「僕は総統なんだ。そう簡単に飛び回れる訳じゃない」

「…………分かった。拘束を解け」

「懸命な判断だ」


 シグルズはすぐに鎖を消した。マキナは何も言わずに飛び立ち、遠くに飛び立っていった。彼女はシグルズとの約束を守ったが、その間に戦況は悪化してしまっていた。


「シグルズ様! ペーター・シュトラッサーの艦橋と連絡が取れません!」

「間に合わなかったか……いや、まだ望みはある。すぐに向か――」


 その瞬間、ペーター・シュトラッサーの艦橋が大爆発を起こし、根元から折れて海上に崩れ落ちてしまった。


「自爆装置か。クソッ」


 敵に鹵獲されるくらいならと、ゲルマニアの主力艦は最終手段を用意している。艦長の命令一つで艦を自沈させる装置である。装置が起動した以上、ペーター・シュトラッサーが沈むことは避けられない。

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