開戦の時
さて残されたのはシグルズとクロエと朔。先の大戦では共に戦った戦友である。
「シグルズ様、クロエ様、ガラティア帝国は恐らく、元より和平に応じる気などなかったのでございましょう」
「そんなことは最初から承知の上だ」
ガラティア帝国が最初から大八洲と戦争することを目的にしているのは明らかである。シグルズもクロエもそんなことは分かっていて、ガラティアを何とかして説き伏せようとしていたのである。
「賊徒など、いずれ我らの手で討伐出来ます。ですから、国際連盟に弓を引くガラティアを共に討伐しては頂けませぬか?」
「おいおい、君もガラティアと戦争する気なのか?」
「今申し上げたでしょう。ガラティアは我らと刃を交えることに躊躇いはございません」
「だからと言って今すぐに戦争なんて――」
「申し上げます!!」
その瞬間、総会に血相を変えたゲルマニアの伝令が飛び込んで来た。シグルズは非常に悪い予感がした。
「どうした?」
「たった今、ガラティア帝国が中國に対して侵攻を開始しました!」
「馬鹿なっ……。アリスカンダルは血迷ったか……」
ゲルマニアの情報部隊が優秀だったからすぐに分かったものの、ガラティアは最後通告も宣戦布告もなしに中國への攻撃を開始したのである。当事者である朔にも、数分遅れて報告が入った。
「どうやら、その方の仰ることは本当のようにございます」
「誤報じゃなかったか……」
「我が友邦たる中國が攻撃を受けた以上、皇國は直ちにガラティアとの戦を始めざるを得ません」
「それは、そうだろうな。20年続いた平和が数日で崩壊するとは」
どんなに上手くガラティアを説得してもいずれはこうなっていたのだろうと、シグルズは感じ入っていた。
「諸君、ガラティア帝国は侵略国になった! 国際連盟はこのような侵略から加盟国を救うべく、武力制裁を行わねばならない! ゲルマニアは直ちに武力制裁の評決を求める!」
「ちょ、ちょっと待ってください。幾ら何でも性急に過ぎるのでは?」
クロエはシグルズの提案を止めようとする。
「既に侵略は始まっている。一刻の猶予もない」
「もしも武力制裁となれば、世界大戦が始まってしまいます」
「これは戦争なんかじゃない。国際連盟の秩序から逸脱したガラティアを世界から排除するだけだ」
「それが戦争じゃなかったらなんなんですか……。ともかく、状況が余りにも変わってしまいました。今すぐに判断を下すことは出来ません」
「既に戦は始まっているのでございますよ! そんなことを言っている場合ではございません!」
「そう簡単に世界大戦の引き金を引ける訳がないではありませんか。皆さんもそうですよね?」
諸国の代表達も頷いた。国家元首が自ら出向いているような国を除いて、この件は大使の裁量を超えている。
「シグルズ、考える時間をくれますか? 最低でも5日ほどは」
「本気か?」
「ええ。時間をくれないなら拒否権を発動します」
「分かった。朔も分かってくれるな?」
「……遺憾ではございますが、仕方がございませんかと」
「ありがとう」
かくして各国は本国に伺いを立て、各国政府は対応を大急ぎで決めることになった。ヴェステンラントもその一つであり、女王ニナはすぐに会議を開いた。とは言え、こうなったからには、結論は決まっていた。
「反乱軍などあってないようなもの。仮にゲルマニアと大八洲がガラティアの征伐を始めれば、ガラティアが滅び去るのは必至であろう」
「そいつは困りますね。大八洲も益々ゲルマニアに接近し、ゲルマニアの影響力がとんでもなく大きくなります」
「お前もそういうことを言えるようになったのだな、ノエル」
「私の方が陛下より年上の筈なんですがね……」
「ガラティアの討伐など許容出来ない。ゲルマニアが行動を起こすのならば、我らはそれを阻止せねばならない」
「じゃあ、ゲルマニアと戦争ですか」
ゲルマニアに協力しないというだけではない。ゲルマニアが行動を起こそうとすれば、それを阻止しなければならないのだ。
「ゲルマニアが我らの拒否権を無視して行動するのならば、そうする他あるまい」
「ゲルマニアがガラティアに好きにさせるとは思えませんね」
「余もそう思う。世界大戦が始まるだろう。言うなれば、第二次世界大戦がな」
「第二次世界大戦、ですか。今度こそ、勝てますかね」
「我々は何の為に軍備を整えて来たのだ?」
「まあ、数字の上では勝てる軍隊を用意しましたがねえ」
ヴェステンラントは方針を決定した。クロエは女王の意志を国連総会に伝えることしか出来なかった。即ち、ガラティア帝国に対する武力制裁決議案に対し、ヴェステンラント合州国は拒否権を発動したのである。
「――仕方ない。国際連盟としての行動が起こせないのなら、ゲルマニアは有志諸国と共に軍事行動を起こさせてもらう」
「シグルズ、国際連盟の決定を無視するのなら、それはゲルマニアも侵略国になるということですよ?」
「分かってるとも。それでも僕は、侵略され助けを求める国を見捨てることは出来ない」
「総統になってもそういうところは相変わらずですね。なら、私はこう言います。ゲルマニアがガラティアに攻め込むのなら、ヴェステンラントはゲルマニアに宣戦を布告すると」
クロエはシグルズに最後通告を突き付けた。シグルズの答えは、戦争であった。
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