全ての結末Ⅱ

「ま、待つのです! 殺し合う必要はないのです!」


 リリーは声を張り上げ叫んだ。


「必要はない? どういうことですか?」

「まずこの機械は、先程ルーズベルトを守っていた壁と同じものなのです。あなた方のどんな武器も魔法も、これには通用しないのです」

「……でもあなたは、シグルズが魔法を消す気なら、これを開けるつもりだったのでしょう?」

「はい、シグルズにその気があるのなら、そうなのです。ですがその気がない以上、私はこの結界を解除するつもりはないのです」

「でも、それっていつでも結界を消せるということですよね? ヴェステンラントにとっては、とても見過ごせませんよ」

「私はあくまで、人類の争いを調停する大天使です。特定の勢力に肩入れすることはないのです。今も、双方の立場で第一人者と言える人間が揃ったからこそ、このような場を設けたのです」

「……その言葉、嘘はないですね?」

「もちろんなのです」

「はぁ。まあ、そういうことにしておきましょう」


 クロエは剣を納めた。しかしマキナはなお敵意をシグルズに向けたままである。


「クロエ様、本当によろしいのですか? このようなものの存在は完全に秘匿するべきかと思いますが」

「私は大天使さんの言葉を信じます。それにシグルズも、この場所のことを言いふらしたりはしないでしょう」

「もちろんだ」

「そういうことなので、マキナ、ここを出ましょう。こんな辛気臭い場所は早く出たいので」

「はっ」


 かくして、大人類戦争は終わりを告げたのであった。


 人類艦隊は王都ルテティア・ノヴァに帰還したが、彼らの凱旋を出迎えてくれる者は少なかった。王都の周辺はすっかり荒れ果て、人々は疲れ切っていたのだ。シグルズはいち早く赤公オーギュスタンに呼び出され、ノフペテン宮殿に入った。


「――君とクロエとがルーズベルトを殺してくれたそうではないか」

「はい。ルーズベルトの本拠地に乗り込み、奴の本体を殺して来ました」

「よくやってくれた。君達のお陰で人類は救われたのだ。誇りに思っていい」


 オーギュスタンの言葉には含みも裏も感じられなかった。彼はただただシグルズに感謝を伝えたかったのである。


「それを言うなら、クロエやマキナもここに呼び出すべきだったのでは?」

「それはまた後だ。それよりも、君にだけ話しておきたいことがあってな」

「はぁ」

「奴を連れてこい!」


 オーギュスタンが護衛の兵士達に命じると、彼らは男を一人引き連れてきた。意識はないようだが、首に鎖を繋がれみすぼらしい格好をさせられた男である。シグルズはその顔に見覚えがあった。


「お前、カーチス・ルメイか」

「ほう、知っているのか」

「え、ええ、まあ」


 思わず前世の知識を使ってしまった。しかしこの男は間違いなく、東京大空襲の実行犯、人類史上でも十本の指には入るであろう大犯罪者、ルメイである。


「それで、どうしてこいつがこんなところに?」

「王都の周辺で虐殺を行っていた部隊を率いていたようだ。アメリカ軍が消滅したことで、この男一人だけになったようだが」

「なるほど。意志を持った人間は普通に生きているということですか」


 ヴェステンラント軍は結局王都を守り抜いたが、王都の防衛に全力を割かざるを得ず、周辺の村落や都市については完全に放置していた。そして王都に逃げ遅れた人々の多くが、このルメイに殺され、家を焼き払われたのである。


「シグルズ、君にこの男の処分を任せる。煮るなり焼くなり好きにしたまえ」

「それは嬉しいですが、どうして僕に?」

「君はアメリカ軍に対して格別の怒りを持っているし、特別の知識を持っている。君に任せるのが適任だ」

「そ、そうですか」


 オーギュスタンはある程度、シグルズが別世界の人間であることを察しているようだ。とは言えこれ以上追及する気もなさそうなので、シグルズもこれ以上何も言わないことにした。


「今後も、アメリカ軍の将校を捕縛し次第、君に処遇を任せよう。よろしく頼んだぞ」

「はっ。ありがたき幸せです」


 シグルズは胸を踊らせながら、ルメイを王都の郊外に運んだ。そしてその顔に液体を浴びせて目を覚まさせた。


「こ、ここは……?」

「やあ、ルメイ。僕のことは知っているかな?」

「お前は……! シグルズとかいう奴だな!」

「おお、話が早くて助かるよ。じゃあ早速だが、お前の人生はここで終わりだ」

「……な、何をする気だ!?」

「全身がびしょ濡れだろう? それは何だと思う?」

「こ、これは、油……」


 シグルズがわざわざ用意した焼夷弾用の混合油である。


「そうだ。流石、詳しいじゃないか。お前が日本人にやったやり方で、お前を殺してやる。ありがたく思え」

「や、やめ――」


 シグルズは容赦なく炎の魔法を放ち、ルメイは一瞬にして火達磨になった。敵を燃やす為に調合された油であり、しかも粘性が高く振り払うことも出来ない。ルメイは一瞬だけ断末魔の叫びを上げたが、すぐに黒焦げになって静かになった。トルーマンなどと比べたら余程楽な死に方だろう。


「死んだか。一瞬で死ねたことをありがたく思え」


 シグルズは死体を灰になるまで焼き、近くの川に投げ捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る