束の間の平和
ACU2316 10/9 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿
大人類戦争が終わって1ヶ月が経過した。シグルズは各地で発見されたアメリカ軍の将軍をてきとうややり方で処刑し続けている。ドノバン長官とかいう人間がアメリカを裏切って情報提供をしてくれたお陰で、処刑は順調に進んでいた。
まあ、それはシグルズの個人的な趣味の話であって、国際的に重大な問題は、ヴェステンラントの復興についてである。大人類戦争で被害を受けたのはほとんどヴェステンラントだけであり、ヴェステンラントは復興支援を列強に要請していた。そしてこの問題について話し合う国際連盟小会議がノフペテン宮殿で開催されている。
「――大八洲としては、ヴェステンラントの復興に、いかなる支援も惜しまぬことを、ここに約束しよう」
大八洲が関白、伊達陸奥守晴政は、真っ先に支援を表明した。
「それはありがたい。大八洲はやはり、義の国でありますな」
ヴェステンラント側の全権はオーギュスタンである。
「但し、条件がある」
「条件、とは?」
「ヴェステンラントが戦争を起こすことは許さん。どんなに小さかろうと戦を起こした時点で、大八洲は一切の支援を打ち切る」
「左様ですか。なれば、ご心配には及びません。この期に及んで戦争などしている暇は、我々にはありませんから」
「そう期待しておる」
世界一の経済大国である大八洲の支援はヴェステンラントにとって必要不可欠であり、晴政の要求は強力な抑止力となる。少なくとも復興が終わるまでは、ヴェステンラントが再び戦争を起こすことはないだろう。
「我々ガラティア帝国も、支援は推しみません。もっとも、晴政様と同等の条件は付けさせて頂きますが」
ガラティア帝国のイブラーヒーム内務卿も支援を約束した。ガラティア帝国はこの大戦争で最も被害が少なかった国であり、大八洲以上の支援を行う能力がある。
「とても頼もしい。皇帝陛下には是非とも、我々の最大限の感謝を伝えてもらいたい」
「そのように申し上げておきましょう」
大人類戦争は史上初めて人類が一致した戦争であった。それ故にその復興においても全人類が手を取り合うべきだという論調が国際的に強い。大八洲もガラティアも、国際的な影響力を強めることが最大の狙いである。
そうなると神聖ゲルマニア帝国にも白羽の矢が立つ訳だが、リッベントロップ外務大臣は調子のいい言葉を持っていなかった。
「申し訳ありませんが、我が国としましては、ヴェステンラント復興支援は、ほとんど致しかねます」
「そうか。このような物言いは大人気ないとは思うのだが、その理由は?」
「我が国は、いえ、エウロパのほとんどは、大戦争によって極めて甚大な損害を蒙りました。申し訳ありませんが、我々は我々の復興を優先させて頂きたい」
言うまでもなく、その被害の大半はヴェステンラント軍によってもたらされたものである。
「なれば、仕方あるまい。今更手を貸してくれと頼み込む権利は、我々にはない」
「ご理解頂き恐縮です」
アメリカが滅んだ後のゲルマニアでは、再びヴェステンラントに対して強硬な世論が台頭している。自分達も戦災に苦しんでいるのにヴェステンラントを支援するというのは、世論が許さないのである。まあそれを抜きにしても今のゲルマニアに支援などしている余裕はないのだが。
かくして国際連盟二回目の会議は、ゲルマニアとヴェステンラントとの間に少々の禍根を残して終わった。
○
ACU2316 10/12 神聖ゲルマニア帝国 グンテンブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「外が騒がしい。今日も民衆の集会かね?」
「はい、我が総統。今日も三千人ばかりが大通りを占拠しています」
群衆が帝都の大通りを占拠する光景は、今や見慣れたものである。かつてはこの大通りが血の海と化したというのに、民衆は懲りないものだ。民衆が何を求めているかと言えば、それは職である。
ゲルマニアの産業構造は戦争に徹底的に最適化され、戦争末期にはほとんど生活必需品と武器弾薬しか生産していないという有様であった。戦争が終われば軍需産業の従事していた者の大半は職を失うことになる。
「目障りな蛆虫共は、親衛隊機甲師団を出して殲滅しましょう」
カルテンブルンナー全国指導者は言った。
「やめたまえ。今はそんな強硬手段に出る必要はない」
「左様ですか。残念です」
「ザウケル労働大臣、失業対策はどうなっているのだね?」
「こっちも頑張ってるんですけどね。いかんせん、戦争前にあった産業の多くが消滅してしまっていますから、働き口はどうやっても足りないんですよ」
「そこを何とかするのが君の仕事だろう」
「もちろんやってますよ。軍艦建造と公共事業を、可能な限り効率悪くすることで、無理やり雇用を確保しています。それでも全然足りていませんが」
「……そうだな。私も冷静さを欠いていたな。すまん」
「いえいえ。帝国の産業が正常に戻るには何年かかるのやら、見当もつきません」
戦争は長過ぎた。戦争の為に国家が存在するような有様であった帝国が健全な経済を取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうである。
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