ヴェロニカの魔法

 ヴェロニカは翼を広げてすぐさま最前線に飛び込んだ。両手にナイフを握ると、飛び降りざまにアメリカ兵の喉元を掻き切って、周辺にいた数人の首も刎ね飛ばし、兵らをあっと驚かせたのである。


「中佐殿!! ありがとうございます!!」

「……あ、そう言えば私って中佐でしたね。どうも。ですが、私はもう行きます。武運を!」

「はっ!」


 戦場に立てばいつものオドオドした様子はどこへやら。さながら戦女神が姿を現したかのようである。ヴェロニカは戦場を飛び回り、乱戦に持ち込んでゲルマニア兵と白兵戦を繰り広げるアメリカ兵を、次々と殺した。


 一度余裕を持つことが出来れば、ゲルマニア兵も突撃銃の性能を活かしてアメリカ兵を押し返し、ヴェロニカが直接殺したのは数百程度であったが、戦況を大いに改善することに成功したのである。オーレンドルフ幕僚長の見立てはほとんど当たっていたと言えるだろう。


 しかしまだ危機は去っていない。今度は後方から押し寄せる敵が友軍と接触していた。


『ヴェロニカ、聞こえるか?』


 オーレンドルフ幕僚長から通信が入る。


「はい、聞こえています」

『敵が背後から攻撃してきた。すぐに援護に回ってくれ』

「は、はい……」


 ヴェロニカは思わず魔導通信機越しにも聞こえる溜息を出していた。彼女の手から腕にかけて、アメリカ兵の返り血に塗れている。


『疲れているのか?』

「ええ、少しは。ですがこの程度、問題ではありません!」

『そうか。ならば、すぐに後方に向かってくれ』

「はい!」


 ヴェロニカは休むことなく戦い続けることにした。戦場に到達すると、やはり背後を突かれるというのは第88機甲旅団にとっても厳しいようで、既にアメリカ兵との乱戦状態に陥っていた。


「敵が多い……。いや、だからこそ私が頑張らないと」


 ヴェロニカはナイフを構え、地上に降り立った。魔法の力を更に込めてナイフを頑丈に、鋭く、構築する。ヴェロニカが全力で魔力を込めたナイフは、アメリカ軍の鎧を紙のように切り裂き、その首を斬り落としてしまった。


「おお、私って実は結構やれるのでは……?」

「中佐殿!! 敵が後ろに!!」

「大したことでは、ありません!!」


 ナイフはアメリカ兵の腹部を鎧ごと切り裂いた。アメリカ兵の体は皮一枚で繋がっているという有様である。


「す、すごい。流石は師団長閣下の妹君ですね……」

「シグルズ様とは血縁関係はありませんよ」

「も、申し訳ありません……」

「別に怒ってはいませんよ。さあ、銃をとって下さい!」

「「はっ!!」」


 本気を出したヴェロニカはアメリカ兵を次々に狩った。元より格闘能力に優れたヴェロニカにアメリカ兵は手も足も出ず、みるみるうちに数を減らしていったのである。


 ○


 一方その頃。クロエを抱えるシグルズとイズーナは睨み合いを続けていたが、イズーナはふと、何かを思い出したかのように、虚空に視線を向けた。シグルズなど忘れてしまったかのようである。


「ど、どうしたんだ?」

「これ、は……。魔法の気配が、する。懐かしい、魔法の……」

「何を言ってるんだ……?」


 イズーナはうわ言のように呟き、フラフラと地上戦が行われている方向に向かって飛び始めた。


「お、おい…………」


 シグルズとクロエは何が何だか分からないながらも、イズーナの後ろについていく。


「これ、は……ルカ…………なの、か…………?」

「ルカ、ですか」


 クロエはイズーナが呟く言葉の一つに興味深そうな反応を示した。


「クロエ、何か知ってるのか?」

「我が国でルカと言えば、イズーナの四人の子供の一人、一番下の男子です。姉三人がレギオー級の魔女の祖先となった中で一人だけ不遇で、行方不明になったと伝えられていますが」

「そんな名前がどうして出てくるんだ?」

「さあ、そんなこと聞かれても知りませんよ」


 イズーナはシグルズとクロエがこそこそと自分について話していることなど気に掛けず、何かを探し回るように首を振りながら飛ぶ。


「シグルズ、このままだとイズーナが友軍と衝突します。マズいのでは?」

「確かに。だけど、イズーナに敵意があるようには思えない」

「それはそうですが……」


 イズーナが人類軍に向かって本気で攻撃し始めれば、たちまち人類軍が崩壊することは間違いない。とは言え、イズーナがそのような意図で人類軍に近づいているようには見えない。


「寧ろ、イズーナを刺激する方がマズい。全軍にイズーナを攻撃しないように命令しよう」

「本気ですか?」

「ああ、本気だ。どの道僕達の装備ではイズーナには全く意味がないんだ。わざわざ死にに行くことはない」

「事実ですがね……はぁ。あ、私そろそろ大丈夫です。自分で飛びますよ」

「それはよかった」


 クロエの傷は完全に治った訳ではないが、痛みはかなり引いた。クロエはシグルズの腕から離れて自分で空を飛ぶ。


 イズーナは人類軍の直上に到達したが、人類軍はシグルズの命令通りイズーナには全く手を出さず、イズーナもまた地上の血みどろの戦いにまるで興味を示さなかった。何かを探しているのは相変わらずだったが。


「ルカ……やはり……そこに…………」

「何でゲルマニア軍に寄ってってるんだ」


 イズーナは段々第88機甲旅団に近づいていった。

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