ヴェロニカの魔法Ⅱ
「やはり、そこ、か……」
ゲルマニア軍の上空で、イズーナはにわかに魔法を使う素振りを見せた。
「おいおい! 止めろ!!」
シグルズはここまでイズーナを野放しにしたことを後悔し、イズーナを止めようとしたが、イズーナが魔法を使うのを妨害することなど、誰にも出来る訳がない。イズーナは自信を中心とした同心円状に爆炎を作り出し、周囲にあるもの全てを焼き尽くしてしまった。雪は一瞬にして沸騰し、シグルズとクロエに熱風が襲い掛かり、視界は白に埋め尽くされた。
「何てことを、してくれたんだ……!」
シグルズはイズーナを機関砲でバラバラにしなければ気が済まなかった。だが、機関砲を召喚したところで、クロエがシグルズの腕を掴んで引き留めた。
「待ってください、シグルズ。ゲルマニア軍は無事です。よく見てください」
「無事……? た、確かに、そうだな……」
てっきり周辺のゲルマニア軍は壊滅したかと思ったが、そんなことはなく、ほとんど無傷であった。ではイズーナは何をしたのかと言うと、彼女は視界に入るアメリカ兵を炭化するまで焼き尽くしていたのである。
鎧すら溶けて中身は真っ黒になったアメリカ兵の死体が一面に転がっている。突然の出来事に誰も理解が追い付かず、兵士達はシグルズがやったのだと思っていたが、もちろんそれは誤解である。
「シグルズ、イズーナはどこに?」
「そ、そうだった。どこに行った?」
前後左右を見渡すが、それらしき人影はない。
「シグルズ、あそこに!」
クロエは地上を指し示した。イズーナはゲルマニア軍の間に降り立っており、兵士達は怯えながらも彼女に銃を向けている。イズーナを撃つなというシグルズの命令はしっかりと生きていたのだ。
だが、そんなことはどうでもいい。シグルズはイズーナの前に、よく知った人が立ち竦んでいるのを見つけた。
「ヴェロニカ!!」
「ちょっと、シグルズ!?」
ヴェロニカの姿を見つけるや否や、自分で出した命令も忘れ、シグルズはイズーナとヴェロニカの間に割って入って、機関砲をイズーナに突き付けた。だが引き金を引こうとする手は、ヴェロニカに止められた。
「シグルズ様、ダメです!!」
「ど、どうしたんだ?」
「彼女には敵意はありません! 何を言っているのかは分かりませんが……」
確かに、こうも目の前にいるというのに、シグルズの首は繋がったままである。あまりにも考えなしだったと反省し、シグルズは機関砲を投げ捨てた。同時にクロエもすぐ傍に降り立った。
「イズーナ、僕の大切な部下に何の用だ?」
「お前の、部下? いや、どうでもいい、ことだ。そこにいるのは、間違いない、私の息子、ルカの末裔、だ」
「ルカの末裔? 彼女はヴェステンラント大陸からは遥か遠くのダキア生まれだが?」
「ダキア……しかし、間違いない。私が、自らの子を、見誤る筈など…………」
「そ、そう言われましても…………」
イズーナに強く見つめられ、ヴェロニカは後ずさる。ここにいる誰も、何が正しいのか分からないのである。
――だが、そう言われれば納得出来ることもある。
シグルズには思うところが一つあった。シグルズは強大な力を持った魔女の気配を感じることが出来るが、今のところ気配を感じ取ることが出来たのはクロエ達レギオー級の魔女とヴェロニカだけなのである。ヴェロニカがレギオー級の魔女であると考えるのが妥当だろう。
「クロエ、どう思う?」
この中では一番事情通だろうクロエに解決策を丸投げした。
「そうですね……ヴェロニカにイズーナの血が流れているのか判定すればいいのでしょう?」
「そういうことだ」
「だったら、まあこれは国家機密なんですけど、レギオー級の魔女はエスペラニウムがなくても魔法が使えるんですよ」
「…………そうなのか?」
「まあ、使えると言っても、ほんの小さな魔法だけですけどね。とは言え、エスペラニウムなしで魔法を使えるのは、十分に異常でしょう?」
「それはそうだな。ヴェロニカ、やってみてくれるか?」
「は、はい……」
半信半疑と言った感じであったが、ヴェロニカは隠し持っていたエスペラニウムを捨た。そしてクロエに言われるままに、一番簡単な魔法である火を起こす魔法を手元で行使した。確かに、小さな炎がヴェロニカの掌の上に生まれた。
「こ、こんなことが、私に……」
「どうやら、本当にレギオー級の魔女だったようですね」
「そう、か……。やはり、お前が、ルカの子…………」
イズーナは愛おしそうにヴェロニカを見つめていた。だがシグルズは厳しい声で問いかける。
「イズーナ、それを知って、お前はどうするつもりだ?」
「ルカ、は、私を裏切らなかった、ただ一人の、子だ。ルカの子が、生きているのなら、他のことなど、どうでもよい」
「そ、そうか」
「最早、私はもう、何もかもどうでもいい。もう、どうでもいいのだ……」
「だったら、その身体を返してもらえますか? あなたの身体は私の忠臣マキナのものなんです」
「そう、だったな……もう、それでもよい。この肉体は、返そう」
「あ、ちょっと!?」
イズーナはいきなり倒れ込んでしまった。
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