無限の敵

「では、私は観戦することにしましょう。あなたはどうぞご自由に戦って下さい」

「言われなくても」


 ルーズベルトは軍団の中に溶けていき、シグルズは全速力で指揮装甲車に戻った。戻ると早々、ヴェロニカが悲鳴のような報告をしてきた。


「し、シグルズ様!! 大量の魔導反応が突然現れました!! 一体何がどうなっているんですか!?」

「落ち着いて、ヴェロニカ。敵はどれくらいいる?」

「お、およそ4万です!」

「そんな数を一気にか……。とんでもないな」

「師団長殿、何があったのだ?」

「それは後だ。全軍、直ちに攻撃を開始せよ。敵を近付けるな!」


 今世界で最も良い装備を最高の充足率で保有しているのが第88機甲旅団である。旅団の砲兵は直ちに重砲による砲撃を開始し、戦車隊も榴弾の砲撃を開始した。戦車砲が使えるほどに、敵は近くに現れたのである。


「敵軍、動き始めました!!」

「来るか。機関銃の射程までは引きつける。そうしたら徐々に後退し、敵を減らそう」


 アメリカ軍は戦列を組みながら、すぐに魔導弩による攻撃を開始した。無論戦車にその攻撃は通らない。戦車と重砲から放たれる榴弾はアメリカ兵を紙吹雪のように吹き飛ばした。すると、アメリカ軍の隊列は簡単に途切れてしまった。


「どうやら、敵軍はかなり薄く展開しているようだ」


 オーレンドルフ幕僚長は言う。


「そのようだな……」

「シグルズ様、これなら恐れる必要もないのでは?」


 ヴェロニカは安堵した声で言った。敵軍に縦深がないのであれば、第88機甲旅団が押し負けることはないだろう。


「僕達は、そうだな。問題は僕達だけで敵を食い止められないことだ」

「あ、そうですね……」


 4万のアメリカ兵程度であれば、第88機甲旅団だけで迎撃するつもりであった。戦車があればほぼ無犠牲で勝利を得ることが出来るからである。だが敵は非常に広く展開し、機甲旅団だけで対処し切ることは不可能である。


「ヴェステンラント軍、大八洲軍、交戦を開始したとのこと!」

「可能な限り損害を抑えるように、伝えてくれ」

「はい!」


 大八洲軍は弩より射程が長い長弓で戦い、ヴェステンラント軍もまた少数しか配備されていない新型弩と新型魔導装甲を惜しみなく投入している。今のところはこちらの射程の方が長く、一方的に敵を殲滅することが出来ていた。


「師団長殿、先程から損害をやけに気にしているようだが、何があったんだ?」

「ああ、まだ話していなかったか」


 ある程度戦局が落ち着くと、シグルズは敵兵が無限に出現する可能性があると、ようやくオーレンドルフ幕僚長達に伝えた。


「なるほど。本当ならば、私達に勝ち目はないな」

「そんなことを言うんじゃない。ともかく、今は敵の出方を窺うつもりだ。異論はないな?」

「賛成だ。敵の能力は未だに全て判明した訳ではない」


 本当に敵が無限に現れるのかも含めて、まだ様子見が必要であるとシグルズは判断した。と同時に、各軍の最高司令官達にだけルーズベルトのことを伝えた。


 さて、地平線の端から端までいた敵はいつの間にかほとんど壊滅し、地平線がすっかり見えるようになっていた。人類最高の陸上戦力を以てすれば、兵力で少々負けている程度、どうということはない。


「あれ、案外大したことはない、のでしょうか……?」


 ヴェロニカは敵が呆気なくて、逆に困惑していた。


「友軍の損害は?」

「ほぼ皆無と言っていいかと」

「これだけなら、本当に大したことないが――」

「こ、これはッ!? シグルズ様! 魔導反応がまた現れました!!」

「やっぱりそう来たか」

「数は先程と同様に4万程度です!」

「分かった。各自、迎撃せよ」


 余裕で殲滅出来た相手である。今回も特に苦戦することはなく、遠距離からの一方的な射撃や砲撃で殲滅することが出来た。しかしすぐに問題が起こる。


「シグルズ様、ヴェステンラント軍、大八洲軍共に、矢が不足しており、このままではすぐに使い切ってしまうとのことです」

「矢だけで戦ってれば、それもそうなるか」


 ヴェステンラント軍や大八洲軍にとって、弓矢はあくまで敵の出鼻を挫く為の補助兵器である。弓矢だけで敵を殲滅するなど全く意図しない運用なのだ。矢は今にも尽きそうであった。


「そうなったら、両軍には簡易的でいいから塹壕を用意させるんだ。奴らの矢を凌いだ後で白兵戦を行う」


 シグルズの指示を受け、大八洲軍とヴェステンラント軍は魔法ですぐさま塹壕を拵えると、すぐに後退して塹壕に入った。アメリカ軍の射撃は塹壕に入っていれば簡単にやり過ごすことが出来る。そしてアメリカ軍が目の前に迫ったところで打って出て、白兵戦を挑むのである。


「戦況は?」

「大八洲軍は優勢ですが、ヴェステンラント軍は互角のようです」

「こういう時にヴェステンラントは弱いな……。レギオー級の魔女を投入しよう。青の魔女オリヴィアと黒の魔女クラウディアに、出陣の要請を」


 戦いに向いていない魔女だと本人達は言っているが、オリヴィアもクラウディアも魔導兵などとは比べ物にならない戦力である。特に負傷兵を癒すことの出来るオリヴィアは、死亡率を下げることに貢献してくれるだろう。

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