アイオワの終わり

「こいつッ……!」


 クラウディアはたちまち飛び退こうとしたが、背後には自分が今まさに造った氷の壁があり、ルーズベルトと距離を取ることは出来ない。オリヴィアも朔も同様である。ルーズベルトに逆に閉じ込められてしまったのだ。


「形勢逆転、と言ったところですね。さて、可愛らしい魔女の皆さん、どうされますか?」


 剣も持たず鎧も纏わず小綺麗な背広を着ただけの男に、レギオー級の魔女達も背筋が凍り付いていた。


「クラウディア様、氷を溶かすことは出来ないのでございますか?」


 朔は僅かな望みにかけて、クラウディアに尋ねた。


「溶かすのは、私には無理。砕いていくことなら出来るけど」

「左様にございますか……」


 氷を溶かす魔法は存在しないこともないが、それに特に実用性を見出せなかったクラウディアは、並の魔女くらいにしかそれを使えない。これほどの量の氷を溶かすには丸一日かかるだろう。


「ど、どうするのですか……?」


 久しぶりに生命の危機を感じているオリヴィアの震える声は、魔女のそれではなく、年頃の少女のそれそのものであった。


「かくなる上は、わたくしがルーズベルトと刺し違えてでも、あなた方を逃がします」

「おやおや、それは殊勝なことですね。私を何とか出来るのなら、試してみるといいでしょう」

「クッ……」


 余裕綽々とした様子のルーズベルト。もしも失敗すれば貴重なレギオー級の魔女が一人減るだけの作戦を、朔は躊躇せざるを得なかった。


「朔、落ち着いて」

「クラウディア様……?」


 クラウディアは大きく深呼吸をすると、朔の肩を掴んだ。


「おやおや、どうされたのですか?」

「ルーズベルト、お前もレギオー級の魔女三人を相手にして、殺し切れる自信がない。だからこうして睨めっこを続けている。違う?」

「さて、どうでしょうな?」

「本当に私達を圧倒する力を持っているのなら、こんなことをしているのは時間の無駄でしかない」


 ルーズベルトは余裕を見せつけているのではなく、自分から仕掛けて勝てる見込みが薄いのだと、クラウディアは読んだ。仮にもアメリカ滅亡の危機にあって、こんなところで手をこまねいている暇はない筈なのだ。まあ大天使ルシフェルからの情報を信じる限りにおいては、だが。


「なるほど。では私が強がっているだけとして、あなた方はどうするおつもりですか? 私を排除してここから脱出しますか?」

「それは違う。こちらから攻撃を仕掛けるのもまた、危険が大きい。個人間の戦闘であっても、攻撃と防御の差は大きいだろう」

「妥当な判断ですね。流石は聡明な殿下」

「ありがとうと言っておく」


 要するに、ルーズベルトもクラウディア達も先に手を出して勝てる保証がないのである。彼女達は完全に膠着状態に陥ってしまったのだ。しかしそれならば、勝ち目があるのは魔女達の方である。


 お互いに牽制するように挑発し合っていると、助け舟がやって来た。


「皆さん! 大丈夫ですか!」

「クロエか。心強い」


 ルーズベルトの後ろから姿を現したのは白の魔女クロエ。純粋な戦闘能力ならばここにいる三人のそれを足したのと同等くらいにはある。


「なるほど。挟み撃ちという訳ですか。強力な戦士として名の知れたクロエ様では、確かに私の分が悪いかも知れませんね」


 ルーズベルトはそれでも、魔女達と全力で戦うつもりであった。しかしクロエはそんな言葉に取り合う気もなかった。


「あ、そういうのはいいんです。ちょっと皆さんに伝言を持って来まして」

「伝言? 一体どういうおつもりで?」

「シグルズからの伝言ですが、もう三番主砲塔は破壊しました。ルーズベルト、あなたの負けです」

「……ははっ、確かに、それも当然のことですね。バイタルポートの装甲とて、時間をかければ溶断することも可能です」

「そういうことです」


 イズーナをアイオワの艦内に閉じ込めたシグルズは、クラウディア達がイズーナのような面倒な敵に絡まれていると察し、三番主砲塔を外から破壊したのである。時間をかけて装甲を焼き切っていけば、そう大変な仕事ではなかった。


「さて、どうしますか、ルーズベルト? ここで無意味に戦いますか?」


 手打ちを提案したらクロエに対し、ルーズベルトは嘲るように笑った。


「私は不死身です。例えこの肉体が滅びようと何の問題もありません。ですので、あなた方を一人でも巻き添えに出来ればよいかと思います」

「なるほど。では私も容赦しません」

「っ!?」


 クロエは二本の剣を作り出すと、ルーズベルトの両方の目玉に突き刺した。剣は頭を貫通し、剣先が後頭部から現れた。


「視界を奪うとは、なかなかやるではありませんか。しかし、この程度は――」

「させるとでも?」


 ルーズベルトは頭から剣を引き抜こうとするが、クロエは先手を打って彼の腕を切断する。そのままの勢いで彼の両脚も切り落とし、ついでに胴体も真っ二つにした。


「やはり、不死身というのは本当なんでしょうが、弱点は多いですね」

「はははっ、やってくれるではありませんか」


 腕と目のない胸像のような姿になりながらも、ルーズベルトは笑う。しかしルーズベルトお得意の再生魔法は発動しなかった。

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