アイオワの戦いⅤ
「さあ、何をして、くれるのだ?」
イズーナは少々の期待を込めてシグルズとクロエを挑発した。だが次の瞬間であった。
「何……?」
イズーナは突然、シグルズとクロエの姿が見えなくなった。彼女の視界は唐突に、一面の白銀色に覆い尽くされたのである。それは紛れもなく鋼鉄の壁であった。壁はイズーナの前と後ろを塞ぎ、さらがら小さな密室に閉じ込められているようであった。もちろん扉など一つもない。
「私を閉じ込める、と言うのか……。この程度で私を、止められるとでも、思ったか?」
イズーナは鋼鉄の壁を粉砕せんと、自らの身体よりも大きな鋼鉄の槌を作り出して、これを殴りつけた。
「堅い……」
流石はイズーナの魔法。鋼鉄の壁に槌がのめり込んだが、壁の向こう側など全く見えず、破れる気配はなかった。堅いというよりは厚いというのが正解だろう。シグルズとクロエは一度壁を造った後に何枚もの壁を重ねて造り、イズーナを暫く閉じ込めることに成功したのである。
○
イズーナが鋼鉄の密室から脱出するのに手間取っている間に、シグルズは二番目の主砲を無力化した。しかし問題は、朔が担当する三番目の砲塔であった。
「大八洲人の魔女、実に興味深い。ヴェステンラントの魔法とはまた違った体系で魔法を整理しているようですね」
朔の前に立ち塞がったのは、見るからに悪人面をした男、ルーズベルトその人であった。
「やはり、あなたは何をしても死なぬようでございますね」
「ようやくご理解下さいましたか。やはり大八洲人は聡明ですね」
朔は何度かルーズベルトの手足を消し飛ばし首を刎ね飛ばし胴体を粉砕したが、その全ては瞬時に再生された。ルーズベルトが不死身であることは疑いようがない。
「では、これならどうにございますか!」
「ほう」
朔は弓と矢を作り出し、矢を番えるとルーズベルトの頭に向けてその矢を放った。矢は明らかにルーズベルトの脳を貫通した。しかしルーズベルトはふざけた態度を崩すことはなかった。頭に穴が開きながら笑うルーズベルトに、朔は戦慄せざるを得なかった。
「んなっ……。仮に鬼道を以ていくらでも身体を作り直せるとしても、脳を失えば死ぬしかない筈。あなたは一体……」
脳味噌さえ残っていればどんな状況からでも肉体を再生させることは不可能ではないが、即死してしまえばどんな魔女でも復活することは出来ない故に、強力な再生能力を持つ魔女でも頭だけは保護している。ルーズベルトはこの理に反する存在であった。
「もう少し知恵を働かせれば、分かることでしょう」
「……今ここにある肉体の全てが元より操り人形に過ぎない、ということですか」
「ええ、その通り。ここにある肉体は人間を模しているが為に血が通い、内臓が詰め込まれていますが、それらに何ら意味はありません。言わば死体を魔法で動かしているも同然。例えこの肉体を塵になるまで切り刻もうとも、全く意味はありません。どうですか? これでもまだ、私と戦いますか?」
ルーズベルトは正しく、真性の不死者であった。ここにある肉体を完全に滅することは不可能であり、しかも厄介なことにレギオー級の魔女に匹敵する戦闘能力も備えている。まだイズーナの方が楽に対処出来ると思えるほどだ。
と、その時、朔の背後から少女の心配する叫び声が響いた。青の魔女オリヴィアと黒の魔女クラウディアがやって来たのである。
「こ、こんなところにどうしてルーズベルトが……」
「おやおや、青公オリヴィア様ではありませんか。お久しぶりです」
「あなたとなんて二度と会いたくありませんでした」
「それは悲しいですな」
「そんなことより、お二人とも、ルーズベルトを止めなければなりませぬ」
「ええ、その通りですよ、お嬢さん方。私はここをどく気など毛頭ありませんがね。さあ、どうしますか?」
朔とオリヴィアとクラウディアは刀や杖を構えつつ、小さな声で作戦会議を行う。朔はルーズベルトがいかなる手段を以てしても殺せないことを伝えた。
「――なるほど。それは確かに厄介。だけど、死なないのならば動けなくすればいいまで」
クラウディアはクロエやシグルズと同じ結論に至った。殺せないのならばどこかに閉じ込めてしまえばいいと。そしてそれに絶好の魔法をクラウディアは持っている。
「作戦は決まったのですかな?」
「ああ、決まった。お前が死なないのであれば、閉じ込めるまで」
「ほう?」
クラウディアは紫に輝く魔法の杖をルーズベルトに向けた。全力で力を込めると、ルーズベルトの全身に氷が現れ、彼に鎧のようにこびり付いた。
「なるほど。私を氷漬けにするという算段ですか」
「そう。お前はそこで凍っているといい」
クラウディアは容赦なく、氷に氷を重ねていく。氷塊はたちまち廊下を埋め尽くすほどの大きさにまで成長し、氷が白く濁っていたのでルーズベルトの姿など全く見えなくなった。
「ふう。いずれ突破されるかもしれないけど、暫くは時間を稼げる。今のうちに主砲に――」
「この程度で私を出し抜けたとでも?」
「っ!?」
安堵するクラウディアの背後に、ルーズベルトが立っていた。
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