アイオワの戦いⅣ

 シグルズは精密機器が満載の主砲塔に入ると、手当たり次第に爆弾を取り付け、外に出ると一気に爆破した。砲弾の装填装置なども破壊したので、主砲はもう完全にただの鉄塊である。


 仕事を終えたシグルズは上甲板に帰還した。甲板では黒の魔女クラウディアと青の魔女オリヴィアだけがシグルズを出迎えてくれた。


「君達はきちんと任務を達成してくれたようだね」


 アイオワ艦橋の硝子は粉々に砕け、明らかに有害そうな黒い煙が立ち昇っていた。


「外から入って兵士を皆殺しにすればいいだけの、簡単な仕事だった」

「はい。抵抗はほとんどありませんでした」

「なるほど。それも当然か」


 ゲルマニアの戦艦は艦橋に直接魔女が侵入してくるのを危惧し、アトミラール・ヒッパー級一番艦の時点から、艦橋にハリネズミのように対空機関砲が張り巡らされていた。アイオワには当然そんな装備はなく、クラウディアとオリヴィアはすんなりと艦橋に侵入し、目に付くものを全て破壊して来たのである。


「しかし、クロエと朔はいないのか?」

「少なくとも私は見ていないし、まだ仕事の途中であると思われる」

「そう、か……あの二人がそんなに時間をかけるとは思えない。何か異常事態があったと見るべきだろう」

「救援に向かった方がよいでしょうか?」

「ああ。君達は朔の方を頼む。僕はクロエの様子を見て来る」


 ただならぬことが起こっていると感じ、三名はクロエと朔の助太刀に向かった。


 ○


 その頃。クロエを邪魔していたのは、あのイズーナであった。


「いい加減、通してくれませんかね!」


 クロエは容赦なく剣を投げ付けイズーナの両手両足を切断したが、次の瞬間には再生されている。良くも悪くも単純なクロエの攻撃では、イズーナを葬ることは不可能であった。


「無駄、だ。私を殺すことも、足止めすることも、お前には、不可能だ」

「クッ……。そうみたいですね。しかし、あなたはどうしてアメリカ軍なんかを助けているんですか? あなたを直接殺したのは、かつてワシントン将軍を名乗っていたルーズベルトなのですよ?」

「そんなこと、知っている。だが、そんなことは、些細なことだ。ヴェステンラントは、私の国は、かつて我々を虐げた、ゲルマニアやブリタンニアやルシタニアと同じく、弱者を虐げている。そのような国、最早、存在している価値もない」

「そ、それは、ワシントンによって国の在り方が捻じ曲げられたからで――」

「違う。ワシントンなど、すぐに死んだではないか。迫害者となることを選んだのは、お前達の他にいない」

「それは……」


 確かにルーズベルトがヴェステンラントの歴史に直接干渉したのは、十年にも満たない期間だ。ヴェステンラントが侵略を繰り返しているのは、ヴェステンラント人の意思に他ならない。


「それがお前達の姿、だ。白人など所詮、獣の群れに過ぎぬ。飼い主がいなければ、野の獣と何ら変わらない」

「白人を皆殺しにでもしたいんですか?」

「ああ、そうだ」

「……ヴェステンラント以外は、刃向かって来ない限り興味はないという話だったのでは?」

「ヴェステンラントへの憎しみこそ、最も大きなもの。だが、白人の全てもまた、私の憎むところ、だ」

「なるほど。白人の私達がこんな会話をしているのもおかしな話ですね」

「そう、だな」

「まあ、あなたが何を考えているかなんて、どうでもいいんですよ。私はアイオワの主砲を破壊したいだけですから」

「それは、させない。アメリカにはまだ、使い道が残っている。私一人で白人を殺し尽くすのは、些か手間がかかる」

「結局そういう話ですか。どうしたものですかね」


 不死身の魔女イズーナ。彼女を撃退する手段などクロエには思い付かなかった。小手先の技術などでは埋め難い圧倒的な力の差が、イズーナとクロエの間にはあるのだ。


「あ、そうだ」


 クロエはふと思い付いた。撃退することが不可能でも、一時的にイズーナの動きを封じればいい。主砲を修理することは誰にも不可能なのだから。


「おーい! クロエ、大丈夫か!?」

「おや、ちょうどいいところに」


 シグルズの呼び声が聞こえる。僥倖である。


「おいおい、イズーナじゃないか」

「ええ。彼女が邪魔で困っていたんです」

「…………」


 イズーナはクロエもシグルズも取るに足らない相手と考えているのか、少々眉をひそめながらも手を出してくることはなかった。そんな様子を横目にクロエはシグルズに思い付きを耳打ちした。シグルズは頷くと途端に走り去った。


「……何をする、つもりだ?」

「挟み撃ちですよ。せっかく二人いるので効率的に戦おうと思いまして」

「挟み撃ち、か。その程度で、この私を、殺せるとでも?」

「さあ、どうでしょうね」

「やってみると、いい」


 イズーナは挟み撃ちにされるのを待ち望んでいるようであった。暫くして、返り血を浴びたシグルズがイズーナの背後に現れた。


「ほう……。素早いことだ」


 イズーナは仮にもレギオー級の魔女二人に挟まれているというのに、顔色一つ変えない。


「シグルズ、行きますよ」

「ああ、行こう」

「…………」


 シグルズは銃口を、クロエは魔法の杖をイズーナに向けた。

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