魔女の攻撃Ⅱ

「さて、そろそろこちらから仕掛けさせてもらおうかな」


 クラウディアはそう宣言した。


「ほう? 僕を殺しに来るか」

「君を殺すつもりはないよ。まあ、死ぬかもしれないけど」

「ん?」


 クラウディアは魔法の杖をソレイユ・ロワイヤルに向けた。すると両艦の間の海面が渦巻き、どちらもずるずると渦の中央に引っ張られていく。つまり、ソレイユ・ロワイヤルとシャルンホルストが一気に引き寄せられるのだ。


「そんなことも出来るのか。驚いたな」

「水を司る黒の魔女。このくらいは出来るよ」

「そうして、直接シャルンホルストに乗り込もうという訳か」

「そういうこと」


 両艦の舷側が激突する。たちまちソレイユ・ロワイヤルから数百、数千の魔導兵がシャルンホルストに飛び込んだ。いきなりの出来事に機関砲を担当する兵士達は対応出来ず、甲板にヴェステンラント兵が乗り込むのを阻止出来なかった。


 果たして、甲板は両軍が至近距離で殺し合う熾烈な戦場と化した。


「……やってくれるじゃないか」

「君達はどう対応するのかな?」

「確かに劣勢だが、シャルンホルストを舐めないでもらいたいな」


 シャルンホルストの甲板は広い。兵士達がじりじり下がりながら敵を迎え撃てるだけの広さと縦深は確保されている。兵士は遮蔽物の後ろから銃弾を放ち、魔導兵が剣を持って突撃すると後ろの遮蔽物にさっと逃げて、魔導兵を再び撃つ。


「なるほど。確かに、なかなか上手く応戦しているようだね」

「ああ。それに、艦内に入られたとしても、艦内も白兵戦闘に向けて造られている。限定的な兵力でシャルンホルストを制圧出来るかな?」

「望むところだね」


 戦いは一進一退、と言うにはヴェステンラント側が優勢であった。ゲルマニア兵はどんどん下がり続け、すぐに甲板の半分以上を制圧され、艦内に撤退を始めた。しかし、艦内の狭い空間はゲルマニア側に大いに有利である。魔導兵が一気に突破するのは不可能であった。


 同時にシグルズとクラウディアの決闘も続いているが、こちらは一向に決着が着きそうもなかった。


「よく防衛しているようだね。とは言え、こちらの予備戦力はまだまだ残されているし、反撃出来なければジリ貧になるだけだよ?」

「確かに、そうだな。だが、反撃の矛がないとは思い込まないことだな」

「何か戦力を隠しているの?」

「ああ。そろそろ出てくる頃じゃないかな」

「…………あれ、か」


 艦内に通じる通路から、突然魔導兵が吹き飛ばされた。既に死んでいるのが投げ飛ばされたようである。そして飛び出して来たのは、ブリタンニアの白い軍服を着た、隻眼の魔女であった。


 突然現れた敵を魔道兵は取り囲んで殺そうとしたが、彼らの魔導装甲は魔女が持つ氷の剣に次々と刺し貫かれてたちまち全滅し、後続の兵士達が陣地を確保する。


「氷の剣で魔導装甲を貫いた、のか。そんなことがあり得る……?」

「氷に自信があるんじゃなかったのか?」

「衝撃を防ぐのは得意だけど、魔導装甲は性質上破壊出来ない筈。……まあいいや。ところで、彼女は一体どこの誰?」


 今は原理を解明している暇はなく、ただそういうものが存在するという事実だけで十分である。


「彼女はベアトリクス。見ての通りブリタンニアの魔女だよ」

「へえ。私と同じ水の魔女だし、覚えておこう」


 一進一退の攻防が続く。


 ○


「ベアトリクス殿! 敵が押し寄せて来ます!!」

「一度下がろうか。別にここを維持する必要はない」

「はっ!」


 隻眼の魔女ベアトリクス・ドレーク。自ら勇敢に戦いながら、小隊程度の兵士を指揮する。先程艦内から打って出て確保した陣地であるが、反撃への反撃が激しく、甲板は手放して艦内に戻ることにした。


 階段の下に陣取って、階段の上に激しい銃撃を行う兵士達。この弾丸が埋め尽くす狭い通路を突破するのは容易ではない。


「ここで暫く足止めを。私は別の場所に行ってくる」

「はっ!」


 ベアトリクスは遊撃手である。劣勢な場所を回って戦線を支えるのが務めだ。


「ネルソン提督、次はどこに行けばいい?」

『次は15番だ。急いでくれ』

「了解」


 戦況を常に把握しているネルソン提督からの指示を受け、ベアトリクスは大急ぎで出入口に向かう。提督が一番マズいと判断しただけあって、既に艦内への敵の侵入を許し、通路の数段後方に陣地を移して抗戦していた。


「ベアトリクス殿!」

「よくぞ来てくださいました!」


 彼女の姿を見ると、兵士の士気は明らかに上がった。


「ああ。では行こうか」

「はっ!」


 ベアトリクスは氷の剣を作り出し、魔導兵に向かって突っ込んだ。


「お前かっ! ブリタンニアの魔女!」

「ああ、そうだよ!」


 剣を魔導装甲に突き刺す。すると奇妙なことが起こる。魔導装甲は破壊されていないにも拘わらず、魔導兵は血を吐いて倒れた。


「何だ? 何をした!?」

「水を魔導装甲の隙間に通して、中で氷にしたのさ」

「そ、そんなことが――ぐああっ!!」


 同時に突撃した兵士らが機関短銃を乱射する。至近距離で一瞬にして数百の弾丸を浴びて、鎧はたちまち打ち砕かれた。

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