苦戦

「こうなったら……後衛も全部前に出せ! 司令部の護衛など必要ない!」


 想像以上に堅固な塹壕に阻まれたシグルズは、全兵力を以ての突撃を命じる。シグルズもオーレンドルフ幕僚長も前線に出て、ヴェロニカと少数の通信兵だけが指揮装甲車に残った。ヴェロニカには索敵の任務も与えてある。


「進め進め! 敵を薙ぎ払え!!」

「む、無理です、閣下! 敵軍の射撃が激しく、近寄れません!!」

「クッ……」


 ヴェステンラントとガラティアの連合軍は、ある者は分厚い盾に、ある者は破壊した戦車の陰に隠れ、弩や短弓での射撃を繰り返す。ゲルマニア側も同様に装甲車両の後ろに隠れ応戦するしかなかった。


「少しでも体を出せば、機関銃に撃たれてしまいます!」

「なら、まずは特火点を全滅させる。他の部隊は敵を牽制しておけ!」

「「はっ!!」」


 大多数の者は敵軍との銃撃戦を続けさせ、シグルズは少しでも余裕のありそうな戦域から戦車と兵士を引き抜く。


「生きている特火点は残り5つくらいか。潰しに行くぞ、急げ!」

「か、閣下はお乗りにならないのですか?」

「僕が乗ったら邪魔だろう? いいから進めっ!」

「はっ!!!」


 戦車に隠れながら、15人ばかりの兵士を率いるシグルズ。特火点からの必死の銃撃は全て戦車の装甲に阻まれ、全く効果がない。すぐに特火点を踏み潰せるくらいの距離にまで接近する。


「よし。そこの陣地を破壊するぞ。お前達は手榴弾を投げ込め! 他は援護射撃をしろ!」

「「はっ!!」」


 兵士が特火点の爆破に繰り出した途端、その後ろから魔導兵が現れる。しかし姿を見せた瞬間、彼らを徹甲弾の嵐が襲い、彼らはすぐさま引き下がった。敵の戦術はもう読み切っている。かくして魔導兵がなかなか攻撃に出られない間に手榴弾を素早く投げ込み、特火点を無力化することに成功したのであった。


「よし、次の陣地の破壊に向かうぞ」

「そ、そこにいる敵は、放っておくのですか?」

「ああ。いや、もういないだろう」


 特火点を失い、もうそこにいる必要はないのだろう。襲いかかろうとした魔導兵は忽然と消えていた。それを確認すると、工兵に改めて爆弾を設置させ、特火点を完全に破壊させた。


 かくしてシグルズは、第88機甲旅団を射程に入れる特火点を次々と制圧することに成功し、歩兵らの環境は幾分か改善された。


「全軍に命じる! 敵の機関銃陣地は破壊された! 全力で敵陣を突破しろ!」


 これさえ破壊してしまえば、後はこれまで経験してきた塹壕戦と同じである。特に機甲旅団の兵士は全員が突撃銃を装備しており、白兵戦になってもある程度対応出来る。


「敵軍、塹壕の中に戻るようです!」

「そのまま土に埋めてやれ」

「はっ!」


 戦車で塹壕を踏み潰し、塹壕に上から対人徹甲弾を浴びせる。基本的な接近戦では剣しか使わない魔導兵は組織だった抵抗も出来ずに一方的に殲滅されたのであった。


 が、次の苦難がすぐに来た。シグルズのすぐ隣にあった戦車が爆発し炎に包まれたのだ。


「クソッ、弩砲か」

「歩兵が消えたから撃ち放題ということでしょうか」


 弩砲は魔導兵でも流石に一撃で吹き飛ばす為、友軍がいる状況では使えない。しかしシグルズが前線の兵を殲滅或いは撤退させた結果、再び撃ち放題になったのである。


「て、敵はどこから……」

「大丈夫だ。ヴェロニカ、弩砲の位置は分かっているな?」

『はい、もちろんです』


 後方で魔導探知機を眺めていたヴェロニカ。魔導弩砲が数発発射され、その魔導反応をきちんと捉えていた。


「なら、位置を砲兵隊に報告、全て吹き飛ばしてくれ」

『了解です!』


 機甲旅団が随伴している砲兵がヴェロニカから位置情報を受け取り、直ちに砲撃を行う。重々しい砲撃音が轟き、3つほど先の塹壕で数度の爆発が起こった。こういう精密な砲撃には噴進砲ではなく野戦砲が向いている。


「砲撃が、止まりましたね……」

「ああ。そのようだ。では、進もうか」

「はっ…………」

「……いや、一度態勢を整えよう。こんな状態では進軍は出来ない」


 短時間の攻防であったが、第88機甲旅団の疲労は大きかったし、損害も500名ほどに上っていた。こんな塹壕がまだ何重にも続いているし、休息は必要だ。シグルズも一度指揮装甲車に戻って旅団の立て直しを行う。


「酷い被害だな……」

「シグルズ様、私達でもこんな調子だと、他の師団は、ちゃんと突破出来ているんでしょうか……」

「随分と言うじゃないか。しかし、一理あるね……」


 機甲旅団は帝国軍で最高の装備を与えられ、数々の戦いを勝ち抜いてきた精鋭部隊である。そんな部隊が辛勝であれば、一般の師団が防衛線を突破出来ているとは思えない。


「ヴェロニカ、司令部に状況を確認してくれ」

「は、はい!」


 返事は、シグルズの悪い予感の通りであった。


「作戦参加中の全60師団のうち、第一防衛線を突破することに成功したのは12個師団だけ、とのことです……」

「そんな気はしたが……」

「師団長殿、どうやらこの作戦は失敗が見えきっているようだぞ。どうする?」

「……僕に作戦の中止を上申しろって?」

「別にそんなことを言ってはいない」


 オーレンドルフ幕僚長はシグルズに貧乏クジを引かせたいらしい。

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