戦車の面目躍如Ⅱ

 翌日。ザイス=インクヴァルト大将からビュザンティオンを攻める全部隊に、総攻撃の開始が命令された。しかし、攻撃の開始は未だ発令されなかった。


「ヴェロニカ、司令部からの命令は何もないのか?」

「は、はい。どうやら、私達の攻撃の前に別の攻撃を行うようです」

「そうか……。まあ、静かに待っているとしよう」


 そうして攻撃の準備を整えて待機していると、突如として後方からヒューヒューと、オルガンのような音が響いてきた。


「な、何の音だ?」

「師団長殿、上だ」

「これは……」


 指揮装甲車から空を見上げると、空に細長い炎の筋が何本も走っていた。この世界には存在しない筈の飛行機雲に似た赤橙の線が数十本、敵陣の方に飛んでいった。そして空を飛ぶ物体はガラティア軍の塹壕線に次々と落下し、派手な爆発をそこかしこで起こした。


「し、シグルズ様、何なんでしょうか、これ……?」

「これは……カチューシャ……?」

「な、何です?」

「いや、今のは忘れてくれ。恐らくこれは、噴進砲の攻撃だ」

「噴進砲? 聞いたことのない名前だが」


 オーレンドルフ幕僚長は尋ねた。それも当然であろう。これがこの世界で初めての実戦投入なのだから。


「噴進砲というのは、簡単に言うと自ら火薬の燃焼の勢いで進む砲弾撃ち出す大砲のことだ」


 ロケット砲とも言う。砲弾とは違って自ら目標に向けて飛翔する噴進弾を飛ばす兵器である。


 噴進弾は実は通常の砲弾より簡単に安く造ることが出来、今回のような突撃に際しての事前砲撃によく適している。命中精度は低いが、それは数で補うことが出来る。広大な防御陣地を攻撃するには野戦砲より向いていると言えるだろう。


「しかし師団長殿、敵の特火点にはあまり効果がないようだが」

「固い目標を破壊することは考慮していないんだ。あくまで人間を標的にしている」


 噴進弾に砲弾のような貫徹力はない。コンクリートで固められた特火点への攻撃能力は持たないのである。


「なるほど。確かに魔導兵でも、あの爆発に巻き込まれれば無事では済むまい。加えて、あのような攻撃に晒されれば士気も下がろう」

「流石、鋭いな。噴進砲は破壊と言うより敵の士気を下げることを重点に置いている」


 奇妙な音で飛んで来て、着弾するや大爆発を起こしまくる兵器。そんなものが雨あられの如く降ってくれば、いくら精強な兵でも恐怖するだろう。


「シグルズ様、総攻撃の命令が来ました!」

「よし来た。全軍、敵は混乱している。敵の機関銃に警戒しつつ、全速力で進軍せよ!」


 噴進砲で下準備をした後、ゲルマニア軍はビュザンティオン防衛線の全域に総攻撃を仕掛ける。


 第88機甲旅団は戦車を前面に立て、兵士はその後ろに隠れながら、迅速に敵の防衛線に接近する。


「機関銃の射撃です!」

「戦車がやられています! 敵の弩砲です!」


 機関銃の弾丸が戦車の装甲を打ち付ける。同時に数両の戦車が大破、炎上した。


「機関銃は問題ない。弩砲は仕留められなかったか……。構うな!」


 装甲車両に隠れている限り、機関銃の攻撃は問題にはならない。だが敵の弩砲は先程の攻撃にも拘わらず健在のようで、戦車に対するほぼ唯一の脅威であった。とは言え、相変わらず発射音もない弩砲の位置を探し出すのは難しく、シグルズはとにかく進むしかなかった。


 特火点からの攻撃をものともせず、機甲旅団の前衛は敵塹壕線に到達しようとしていた。が、その時である。


「敵兵、打って出てきました!」

「何? いや、驚くことでもないか」


 戦車が塹壕を踏み潰そうとする寸前、塹壕から魔導兵が一斉に飛び出し、機甲旅団に斬り込んだ。いきなりの反撃に戦車は止まることが出来ない。シグルズは事態の急転に伴い、指揮装甲車の外に出て指揮をすることにした。


「戦車は停止し応戦! 歩兵隊を前に出せ! 戦車に連中を取り付かせるな!」


 至近距離の戦闘になり、戦車隊は同軸機銃で応戦する。そしてその後ろに隠れていた歩兵達が打って出て、意気揚々と突進してくる魔導兵に対人徹甲弾の弾雨を浴びせた。


 しかし魔導兵は、機関銃や戦車砲を破壊した戦車を自らの盾とし、その影に隠れながら短弓で素早い射撃を行った。


 膠着状態であるが、敵がこれ以上攻め入るのは防げた。


「よし。何とかなりそうだな」


 と、思っていた。


『閣下! 機関銃です! 敵が機関銃で攻撃してきています!』

「何?  味方ごと巻き込んでるっていうのか!?」

『そのようです!』

「何て奴だ……」


 乱戦に持ち込めば機関銃は実質無力化出来ると思っていたが、シグルズの認識が甘かったようだ。敵は銃弾を多少食らっても平気な魔法の兵士だが、こちらは拳銃弾一発食らっただけで簡単に無力化される貧弱な兵士だ。


 乱戦になっているところを機関銃で掃射すれば、魔導兵は少々鎧を損耗するだけで済み、ゲルマニア兵は次々に死傷してしまう。最悪極まるやり口であった。


「閣下! どうされますか!?」

「ここで下がれば被害が増すだけだ。直ちに敵の機関銃陣地を破壊せよ! 戦車で突撃すれば破壊は容易だ!」


 未だ弩砲からの攻撃は続いているが、敵の特火点を潰すのが最優先だ。戦車は特火点の銃眼に体当たりする勢いで突っ込み、銃撃を封じた後に歩兵が中に手榴弾を投げ込む。しかし、敵も特火点を守ろうと魔導兵を特火点周辺に配し、戦車と特火点に隠れながら銃弾と矢を撃ち合う白兵戦が展開される。


『友軍の被害、更に拡大しています!』

『戦車の損害も、これ以上は持ちません!』

「クソッ……」


 流石はアリスカンダルが絶対の自信を持つ防衛線だ。

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