戦車の面目躍如
「シグルズ様、威力偵察に出た部隊が敗退したようです……」
「勝つことが目的ではないから、敗退も何もないとは思うけど。とは言え、敵の防衛線が強固なことはよく分かったね」
塹壕というものの歴史は意外と古く、ガラティア軍やヴェステンラント軍の基本的な戦術に組み込まれているが、それに機関銃を組み合わせることで、要塞線は極めて強固になるのだ。歩兵だけがたちまち殲滅されるというのは、東の部隊が遭遇したというヴラド公の魔法と性質が似ている。
「師団長殿、どうする? 我々は我々の武器と戦う手段や戦術を持ち合わせていない訳だが」
オーレンドルフ幕僚長は問う。普通は新兵器を開発したら、自らの兵器への対抗策を同時に用意しておくものである。しかしゲルマニアは、敵が自身と同水準の兵器を保有することをまるで想定しておらず、ずっと前から運用している機関銃すら、敵に使われたらどう戦えばいいか分からないのである。
しかしシグルズは違う。シグルズはそもそも、戦車同士が潰し合う歴史を参考にして諸々の兵器をこの世界にもたらしたのである。
「恐れることはない。僕達の戦車も装甲車も、機関銃弾を通すことはない。これを盾にして歩兵を一気に接近させ、塹壕を落とせばいい」
「なるほど。確かに、勝算はありそうに見えるな」
この世界でも地球でも、戦車が最初に開発された目的は塹壕の突破であった。敵が魔導兵だろうが機関銃と小銃で武装した兵士であろうが、戦車は塹壕を突破する最良の兵器なのである。因みに地球の歴史では、戦車の性能が向上した結果、塹壕は淘汰されて戦術の隅に追いやられた。
「まあ取り敢えず、ザイス=インクヴァルト大将に作戦を上申でもしようか。ヴェロニカ、総統官邸に通信を繋いでくれ」
「は、はい」
ザイス=インクヴァルト大将も、こういう時にはシグルズの提言を聞きたかったようである。通信はすぐに繋がった。
『シグルズ、ビュザンティオンの攻略について、何か言いたいことでもあるのだろう?』
「――流石は閣下。僕の考えなどお見通しですね」
『本当にそうならば、君の話を聞く必要はないだろう。それで、今回はどんな面白いことを提案してくれるのだ?』
「はっ。面白いかは分かりませんが、僕から出来る具申は一つだけです。これまでと戦術を変更する必要はありません。例え敵軍に機関銃が配備されていようが、依然として戦車は塹壕を突破するのに最良の兵器です。全師団に少数ながらも突撃銃が配備されている今ならば、寧ろヴェステンラントとやり合っていた頃よりも楽に突破出来るかと」
『なるほど。機関銃など恐るるに足らずという訳か。ならばその言葉、信じよう。追って作戦を通達するまではそこで待機せよ』
「はっ」
『それと、君にはもう一つ言っておきたいことがある』
「何でしょうか」
『結論から言えば、君を中将に補することにした。特例ではあるが、皇帝陛下からの御裁可も得ている。今からハーゲンブルク中将と名乗りたまえ』
ゲルマニアの慣例として、ゲルマニア軍全体でも一桁しかいない中将以上の者は、皇帝から直接任命されることになっている。が、今回はそれを省略して中将になることが出来るらしい。
「しかし、どうしていきなり中将になど……」
事前の打診もない突然の辞令である。シグルズは困惑するばかりであった。
『この戦争は、余りに多くの戦線を抱えている。流石に私一人では、全ての戦線を管理し切ることは不可能なのでな。そこで、君に他の師団長に命令出来る権限を与えておこうと思っただけだ』
「それは、アイモス戦線を僕に任せて頂けるということになるのでしょうか?」
遥かな海の向こうのクバナカン島ではオステルマン中将がほぼ全面的な指揮権を有している。
『そこまでさせるつもりはない。ただ、帝都への報告では分からないことも多かろう。現場で判断が必要になった時に部隊を動かすことを許すということだ』
「そういう指揮系統の分散は好ましくないかと思いますが……」
『君のことは高く買っているのだ。作戦を台無しにするような愚行は犯すまい』
「……はっ。ご期待に添えるように尽力致します」
『うむ。まあ好きにやってくれたまえ』
どの部隊を指揮していいのかも明確にされず、必要に応じた独断専行をしてもよいと曖昧な命令が下された。ザイス=インクヴァルト大将の信用の現れなのかもしれないが、軍人としては一番やめて欲しい命令である。
同時に、シグルズが中将に昇進したことは直ちに全ての師団に伝達されたようであった。もう引き下がれない。
「さて、何か中将になっちゃったんだが、一体何を期待しておられるのか……」
「シグルズ様……大変ですね……」
「大将閣下の仰る通り、必要な時にその権限を使えばよいだけだ。大したことはないな」
「だったら、その判断を是非ともしてくれ」
「それは師団長殿の役目だろう」
「まったく、気楽なもんだな」
オーレンドルフ幕僚長は責任を負うつもりなどまるでないようだ。
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