連合国

「……その連合国というのは、枢軸国とは相容れない存在だということか?」


 ヒンケル総統はリッベントロップ外務大臣に尋ねる。


「ええ、恐らくは。枢軸国が世界平和を達成する為に全世界の統合を掲げているように、彼らもまた全世界を連合国の傘下に入れることを目的としています。まあ名目上のことでしょうが、枢軸国には入らないという強い意思表示と見てよいかと」

「そうか……。では、我々の計画は失敗に終わったということか。ガラティアが枢軸国に加盟することはありえないと」

「はい。連合国が解散しない限り、不可能かと思われます」

「なら戦争しかないじゃないか……」


 レモラ王国を生贄にして世界平和を達成する計画は破綻し、ガラティア帝国を直接叩くしか選択肢はなくなってしまった。


「我が総統、こうなったからには、ガラティアとヴェステンラントが協力体制を整える前に、先制攻撃を! 各方面に手を取られている今のガラティアならば、簡単に壊滅させられるでしょう!」


 ザイス=インクヴァルト大将は再び声高に訴える。どの道戦争以外の選択肢はなく、なれば先制攻撃で勝利を掴んでしまおうと。


「……分かっている。だが、もう少しだけ、待ってくれ。リッベントロップ外務大臣、ガラティアに今一度、考え直すように通信を送ってくれ」

「また皇帝陛下の名前を使いますか?」

「それで失敗したばかりじゃないか。私の名で送れ」

「はっ。直ちに」


 ヒンケル総統はせめて対話の努力を果たそうと思った。


 ○


「陛下、ゲルマニアより電文が届いおります」

「今度は何だ。どうせ連合国から脱退しろなどと言いですのだろう」

「そ、その通りです……」

「一先ず、それを渡せ」


 ゲルマニアからの通信内容に目を通す。ヒンケル総統からの電文であり、侵略組織に他ならない連合国に属することはガラティアの品位を落とし、国際的な信用も失うので、とっとと離脱せよという内容であった。アリスカンダルの思った通りである。


「下らん内容だな。大体、つい先日に交わした条約を破棄など出来るものか。奴らは私が約定を破られたことに腸を煮えくり返していることも知らんのか」


 ヒンケル総統の信書はアリスカンダルの怒りを増幅させる結果しか生まなかった。


「へ、陛下、では……」

「ゲルマニアの要求は全て拒否だ。そして、ヴェステンラント軍の入境を認める」

「陛下、それは、ゲルマニアと戦をするということで、よろしいのですか?」


 スレイマン将軍は問う。


「奴らがその気ならば、そうなるだろう」

「……承知致しました」

「改めて命じる。ゲルマニアとの全面戦争に備え、国防態勢を固めよ」


 ガラティア帝国はゲルマニアとの戦争も辞さない構えであり、最早世界平和に資するつもりなど微塵もなかった。


 ○


「我が総統、ご報告致します。ガラティア軍は国内の兵力を我が国との国境に動かし始めました。また大規模なヴェステンラント軍の部隊がガラティアに入国したとの情報もあります」


 南部方面軍総司令官フリック大将は、ヒンケル総統に報告した。対ガラティアの諜報は引き続き南部方面軍の役目である。


「ガラティアはやる気、ということか。最早、戦争回避は不可能なようだな」

「不可能とは申しませんが……厳しいことは間違いありません」

「分かった。ガラティアがヴェステンラントと手を結んだ時点で、向こう側についたことは明白だ。…………戦争を、始めようか」


 ヒンケル総統はついに決断した。ガラティアとの大戦争を。陸続きの大国と全面戦争を。


「それでは、我が西部方面軍及び南部方面軍は、ガラティア帝国に速やかに進軍し、帝都ビュザンティオンを制圧しましょう」

「うむ。それに加えて、カルテンブルンナー全国指導者、国内の不穏分子を排除せよ」

「はっ。お任せ下さい」

「おや、何か親衛隊に策があるのですか?」

「ああ、前々より決めていたことだ。こうなったらやることを」


 軍部は戦争の最終準備に取り掛かり、親衛隊は独自の行動を始める。


 ○


 カルテンブルンナー全国指導者率いる親衛隊の小隊が向かったのは、ブルグンテン郊外にポツリと建った質素な家屋であった。


「失礼致します」


 全国指導者は扉を叩く。出てきたのは若く精悍で、粗末な服装ながら威厳を持つ男。


「ピョートル元大公殿下、ご無沙汰しております」

「君は親衛隊の。どうしたのかな?」


 かつてゲルマニアに徹底抗戦した今は亡きダキア大公国の指導者、ピョートル・セミョーノヴィチ・リューリクである。


「殿下、我々は、地獄から貴方をお迎えにやって参りました」

「ほう。一体何があったのだ? ダキアで反ゲルマニア派が蜂起でもしたか?」

「いいえ。我が国とガラティアが戦争をすることになったのです」

「なるほど。それで私が邪魔になった訳か」


 未だにダキア地域は平定されたとは言えず、戦争になればガラティア帝国にピョートル大公が利用される可能性があった。その前に、彼を消すのである。


「察しが良くて助かります。それでは、最期に言い残すことはありますか?」

「ダキア人を戦争に巻き込まないでくれと、ヒンケル総統に伝えよ。それだけだ」

「そうですか。それくらいは約束して差し上げますよ」


 ピョートル元大公は射殺された。もう引き下がることは出来ない。

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