アリスカンダルの怒り

 ビタリ戦争が開始して2週間ほどが経過した。レモラ王国の首都レモラは、ガラティア軍の総攻撃にほとんど犠牲を出さずに耐え抜き、反対にガラティア軍は多大な犠牲を出し戦線を膠着させざるを得なかった。


 かくしてあっという間に泥沼化した戦争に、アリスカンダルは怒りを募らせていた。


「陛下、申し上げます。スレイマン将軍より、レモラの攻略は現時点で不可能とのご報告がありました」

「……分かった。奴には何とかする方法を考えろと言っておけ」

「はっ……」


 有能な家臣はビタリ半島に送り込んでおり、意見を聞ける人材は帝都には残っていなかった。


「しかし……ゲルマニアとの国境を空けるのは不愉快だ。送れる増援はそう多くはない。そこで大八洲から撤兵させようというのがゲルマニアの考えだろうが、そうはさせぬ」

「へ、陛下……」

「何でもない。独り言だ。引き続き、各方面での情報収集に務め、正確な情報を最速で報告せよ」

「は、はっ!」


 アリスカンダルはレモラから撤兵するつもりもなかったし、大八洲から撤退するつもりもなかった。あくまで片手間でビタリ戦争を戦う覚悟である。が、事態は思わしくない方向に進んでいく。


「陛下、スレイマン将軍より、援軍の要請が届いております」

「援軍だと? 奴が兵力を損ねたのだ。自分で何とかさせよ」

「は、はい」

「……冗談だ。それに、お前には怒ってなどいない」

「そ、それは……」

「気にするな。しかし、こうなれば、ヴェステンラントと手を組むのが最善か。爆死したとかいうルーズベルト外務卿の遺したもの、使わせてもらう日が来たのやも知れぬ」

「は、はあ……」

「スレイマン将軍を呼び戻せ。レモラは暫く放っておいて構わん」

「はっ!」


 アリスカンダルには撤退や戦線の縮小と言った考えはないのである。あるのはただ、存在する戦線全てで勝利する策だけだ。


 ○


「スレイマン・イブン・アイユーブ、ただいま戻って参りました。陛下、レモラでの失態、誠に申し訳ございません」


 スレイマン将軍はアリスカンダルに謁見するや否や、深々と跪いて自身の失態を謝罪した。


「かくなる上は、この命を以て責任を取ることも致し方なしかと」

「よいよい。私はそんなことに興味はない。そんなことをしている暇があったら、私の質問に答えよ」

「……はっ。何なりと」

「我らには今、食糧もエスペラニウムもあるが、兵が足りぬ。他方、ヴェステンラント軍は兵士を余らせているが、遠き地での補給を維持出来ず、動かすことは能わず。この状況、どうするのがいいと思う?」

「お戯れを。軍事的にのみ考えれば、我が国とヴェステンラントが連合し、共に戦うべきでしょう。しかし、それはゲルマニアへの宣戦布告も同義。僭越ながら、とても賛同は出来ませぬ」


 このようなことを聞いた時点で、アリスカンダルにはその気があるのである。だからスレイマン将軍は、せめてそれだけは止めにかかる。ゲルマニアとの全面戦争など一体どれだけの犠牲が出るのか計り知れない。


「まだ私は何も言っていないではないか」

「陛下は、レモラに勝つ為にゲルマニアを潰そうとお考えになっているのでしょう。まるでゲルマニアのように」


 ゲルマニアはヴェステンラントに勝つ為にガラティアを潰そうとしている。流石に直接武力に訴えるつもりはないようだが。


「ふっ、因果なものだな」

「陛下、やはりこの戦争は不毛です。一刻の早く幕引きの手段を考えねば――」

「あり得ぬ!!」


 アリスカンダルは王宮の隅から隅まで響き渡るような声で一喝した。


「そこまでして……」

「我が国に敗北は許されない。敵と中途半端な講和など許されるものか。我らの敵に許されるのは降服か死のどちらかである」

「レモラに、ゲルマニアに、そこまでお怒りなのですか?」

「言うまでもなかろう。レモラは約定を違えたのだ。そして私は嘘吐きが嫌いだ」

「嘘など……お言葉ですが、外交の世界では当たり前のことでしょうに」

「そんなことはどうでもよい。ともかく、私は苛立っているのだ。ゲルマニアに対しては強硬策を取らせてもらう。これは決定事項だ」

「まさか、本気でゲルマニアに攻め入るおつもりですか?」

「いきなりそこまではせんよ。まずは、ルーズベルト外務卿の遺した計画を実行に移そう」

「……承知いたしました」


 アリスカンダルを止めることは無理だと判断したスレイマン将軍。とにかくこれで満足してもらえるように最善を尽くす。


 ○


 数日後。帝都ブルグンテン、総統官邸にて。


「我が総統、どうやら、ガラティアは我々の思惑に乗ってくれる気は毛頭ないようです」


 リッベントロップ外務大臣は青ざめた顔で言った。


「……何があった」

「ヴェステンラントとガラティアは、より強固な攻守同盟の締結を公表しました。そして同時に、枢軸国により世界の支配を認めず、彼らこそが唯一の国際組織だと宣言しました」

「国際組織だと?」

「はい。我らの枢軸国と同様の組織です。彼らは『連合国』と名乗っています」

「連合国、だと…………」


 ガラティアとヴェステンラント、及びその傀儡政権によって世界第二の大同盟、連合国が結成された。これはガラティアを枢軸国に加入させるというゲルマニアの外交目的を根本から破壊するものであった。

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