均衡状態
「ど、どうされますか、閣下!?」
「敵の耐久力に変わりはない。全力で攻撃し沈めろ!」
「はっ!」
小型船にそれに見合わない大砲を載せているような状態だ。砲弾を当てることさえ出来ればほぼ確実に沈めることが出来る。
「主砲、副砲、全力で撃ちまくれ!!」
敵艦隊は副砲の射程にも入った。アトミラール・ヒッパーは火力の全てを投じ、全力の砲撃を開始する。が、距離が詰まるにつれて敵の攻撃も激しさを増す。
「4番副砲塔、大破しました!」
「敵艦、1隻撃沈!」
「2番主砲塔損傷! 暫くは動かせません!!」
「クッソ……やってくれる……」
アトミラール・ヒッパーの各所が破壊されていく。副砲の装甲は魔導対艦砲の直撃には全く耐えられず、分厚い装甲の主砲塔も、当たり所が悪いと修理が必要な状態になってしまった。
だがそれでも、一撃をもらえば粉々になるガレオン船と数十発の砲弾の直撃にも耐えうる戦艦とでは、性能は隔絶している。
「敵艦隊、最後の1隻の撃沈を確認! 我々の勝利です!!」
「よくやった……。被害状況の確認を。それと、この事案は総統官邸に報告しなければな」
「はっ!」
今回の襲撃は余力を十分に残して乗り切ることが出来た。しかし敵の量産船に戦艦に対抗し得る火力があると分かったこと自体が大問題なのである。シュトライヒャー提督はヒンケル総統やザイス=インクヴァルト大将に今回の件を報告し、自身は引き続き輸送艦隊の指揮に当たった。
○
報告を受けたヒンケル総統は早速軍人達を集めて会議を開いた。
「ザイス=インクヴァルト大将、本件についての見解は何かあるかね?」
「はい。ヴェステンラント海軍が戦艦に対処する能力を獲得しつつあるというのは、非常に大きな問題です。戦艦を保有することの優位性が失われ、我々の制海権が脅かされる可能性は大きいでしょう」
「しかし、今回はアトミラール・ヒッパーが勝ったじゃないか」
「アトミラール・ヒッパーにもそれなりの損害が出ましたし、敵が更なる大艦隊を組織して襲撃して来れば、戦艦とて危ういでしょう」
「なるほど。物量で押し潰されるかもしれないのか……」
これまでのヴェステンラント海軍のガレオン船は、戦艦に損傷を負わせることすら出来なかった。だからいくら束になってかかってこようと余裕で撃退することが出来たのである。しかしガレオン船に少しでも戦艦を傷付けることが出来るのならば、戦艦とていずれ押し潰されてしまうだろう。
「加えて、戦艦に危害を加えうるのならば、甲鉄艦はもっと容易に撃沈され得るでしょう。艦隊護衛が戦艦一隻だけでは足りなくなることが予想されます」
「クバナカン島を維持することがいずれ不可能になってしまうということか?」
「何の対処もしなければそうなるでしょう」
「対処出来るか?」
「こちらも彼らのやり方に倣うとしましょう。戦列艦に列車砲級の大砲を搭載して最低限の戦力とし、こちらも物量で叩き潰します」
「なるほど。最悪の潰し合いになる気がするが、仕方あるまい。対処の仕様があるのなら、何とかなるか」
耐久力は全くないが火力だけある船をぶつけ合う。非常にロクでもない戦いになることが予想されるが、それで何とかなるのならまあいいだろう。
かくしてゲルマニアもヴェステンラントも、お互いの切り札を潰し合った。
「しかし……空襲も大して効果がなさそうな以上、もう打つ手がないんじゃないか?」
「確かに、我が軍には今のところ、ヴェステンラントを屈服させる手段がありません」
「……どうする気だ。このまま膠着状態を維持し続けるつもりか?」
交渉は完全に膠着状態に陥ってしまった。負けはしないが勝てもしない。相手は巨大過ぎて兵糧攻めなど通じない。頼みの綱のガラティア帝国は戦意旺盛で講和には役に立ちそうもない。ゲルマニアは手詰まりに陥ってしまった。
「……こうなれば、世界を俯瞰して考えるとしましょう」
ザイス=インクヴァルト大将は重々しく告げた。
「今度は何をしようと言うんだ」
「この世界からヴェステンラントを孤立させ、頼みの綱を全く切ってしまえばいいのです」
「孤立とは、つまりガラティアをどうこうしようと言うのか?」
「はい。ガラティアをこの世界から消してしまいましょう。ガラティアがなくなれば、大八洲が自由に動くことが出来ます。さすればヴェステンラントとて諦めざるを得ないでしょう」
「待て待て。本気で言っているのか? 講和条約の為に一国を滅ぼすなんて正気とは思えんぞ」
ツッコミどころはそれどころではないが、とにかくヒンケル総統は全く承知出来なかった。
「ガラティア帝国は潜在的に我が国の敵となり得る国家です。どうせなら役に立つうちに滅ぼしてしまった方がよいでしょう」
「…………馬鹿なことを言うな。今から新たな戦争を起こすなんぞ、そんな余力が我々にあると思っているのか?」
「寧ろ今こそ、その時です。一度戦争が終われば、総動員は解除され経済体制は平時のそれに戻ってしまいます。国家総動員体制を再び構築するのは無駄手間です」
「そんな馬鹿な……」
しかしヒンケル総統もその提案に魅力を感じてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます