新たな戦争の建議
その日、総統官邸にはやけに兵士が多く、地下会議室の入口は数十人の兵士で固められており、重々しい空気に包まれていた。ちなみにこれらの兵士は社会革命党に忠誠を誓う親衛隊の兵士である。
「ど、どうされたのですか、我が総統?」
クロージク財務大臣は我慢し切れずに尋ねた。何か普通ではないことが起ころうとしているのは明らかであった。
「ああ。諸君、我々はこれより、非常に重要な問題について議論せねばならない」
ヒンケル総統はいつもよりゆっくりと、一言一言を噛み締めるように言う。
「そ、それは……」
「軍部より、ガラティア帝国を攻撃する提案があった。我々が戦争を開始するということだ。このような話、外部に絶対に漏らしてはいけない。それ故に、今日の警備は可能な限り厳重にしてもらっている」
ヒンケル総統は事前に軍部と協議した内容を、内閣やその他上層部の面々に告げた。それに一番反応したのは、案の定クロージク財務大臣であった。
「――す、既に帝国の体力は限界だとご説明した筈です。これからガラティアとの大戦争を起こすなど、しょ、正気の沙汰とは思えません!」
「ああ、十分に承知している。だが、今だからこそ、という考えも出来るのではないか?」
「は……?」
ヒンケル総統は、総動員体制が確立された今だからこそ戦争を行う力があるのだという軍部の考えを説明した。
「――た、確かに、新たにガラティアと戦争をするには数年がかりの準備が必要なことは同意しますが……」
「であれば、二度も経済を破壊するより、一回で全て済ました方がいいのではないか?」
「そ、そうは仰いますが……」
「財務大臣閣下、財政などどうにでもなりましょう。我が国は今や、ほぼ完全な総動員体制に突入しています。通貨など配給切符と大して変わらない存在になっているのでは?」
ザイス=インクヴァルト大将は言った。
究極的な管理社会には最早通貨など必要ない。ゲルマニアはそれに近づいてきており、全ての生活物資の価格は国家によって管理統制され、労働者の賃金もまた国家に決定されている。通貨は生活物資の交換券としてしか機能していないのだ。
「し、しかし、そのような放漫財政を続ければ、貨幣の価値は破滅的なほどに下がってしまいます!」
「ならば、より多くの金を刷ればよいでしょう。そして戦後には通貨を切り替え、平常時に戻せばよい」
「そ、そんなことをすれば、ソリデュスの信用は全く失われてしまいます!」
「貧富の差がなくなるのだからいいではありませんか。それに、我が国が世界の覇者となれば、何も問題はありますまい」
「ほ、本気で仰っているのですか?」
「ええ、もちろん。ガラティアさえ叩き潰してしまえば、我々に敵はおりません」
「…………」
クロージク財務大臣は絶句した。あまりにも机上の空論。とても現実的な話だとは思えない。話が完全に止まってしまったところに、ヒンケル総統が歯車を進める。
「財政については、戦時中ならばどうにかなる。それでいいか、財務大臣?」
「ソリデュスが紙屑となることを容認出来るのなら、そうです」
「ならば、戦後のことは一旦置いておこう。財政問題で滅んだ国家など歴史上存在しないのだ」
「……承知しました。それによって恒久的な平和が勝ち取れるのなら」
原始共産制並の経済体制になるが、少なくとも戦時中の財政はどうにかなる。その点については財務省は同意した。
「それと、問題としては、食糧か」
ゲルマニアはガラティアから大量の食糧を輸入している。軍需産業に人を割き過ぎて食糧生産が足りていないのである。
「ザウケル労働大臣、これについてはどうだ?」
「そうですね、ガラティアからの輸入は結構な量です。ブリタンニアやルシタニアやキーイなどの周辺国に食糧を供給させても、恐らくは足りません。臣民の生活水準が低下することは疑いようがないかと」
「だが、餓死者が出るほどではない、そうだな?」
「ええ、まあ。そこまでの食糧不足には陥らないでしょう。そもそも今のゲルマニア人は食べ過ぎなんです」
「……分かった。多少の困難はあるが、食糧の確保は可能なのだな」
財政問題と食糧問題、ガラティアと戦うにあたっての問題は何とかなりそうである。残るはもっと根本的な問題、ガラティアに勝算があるのか、だ。
「で、ガラティアと開戦して、勝てるのか? あんなに巨大な相手を屈服させることが出来るのか?」
ヒンケル総統は単刀直入に問うた。結局のところそれが全てである。今や旧大陸の西の端から東の端まで至る広大な領土を有するガラティア帝国。それを降すことなど出来るのか。
ザイス=インクヴァルト大将は満を持して答える。
「結論から申し上げますと、可能かと考えます。確かにガラティア帝国はエウロパの数倍の広大な領土を誇ります。しかし、その実はガラティア君侯国に征服された諸国による不安定な同君連合です。ガラティア君侯国さえ落とせば、我々の勝ちは確実でしょう。そして、ガラティア君侯国は我が国のすぐ隣にあります」
連邦の中心さえ落としてしまえば勝てる。ザイス=インクヴァルト大将はそう踏んでいた。
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