テノチティトラン空襲
ACU2314 3/17 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿
「えー、たった今、ゲルマニアからテノチティトランへ空襲を行うとの通達が来ました。明日の正午より爆撃を開始するとのことです」
七公会議の最中、ゲルマニアからの唐突な通達が飛んできた。テノチティトランはヴェステンラントでは最大の人口と生産力を誇る、経済の首都である。まあ魔法の国であるヴェステンラントにおいて経済などというものは軽んじられているが。
「和平交渉のただ中で、我が国最大の都市を攻撃すると言うのですか?」
クロエは信じ難いといった声で。ゲルマニアが本土を攻撃してくるなど、予想だにしなかったからである。
「クロエ、我々とゲルマニアは、別に休戦を取り決めた訳ではい。戦線が海を跨いでいるが為に自然に戦闘が収束しただけで、我々は現在でも戦争中だ」
赤公オーギュスタンは淡々と答えた。
「それはそうですが……」
「我々を武力で脅し、ゲルマニアに有利な講和条約を締結させようとしているのだろう。少々露骨過ぎるな」
「はあ」
「ともかく、空襲を予告されて何の対応もしないというのは論外だ。すぐにテノチティトランに魔女を集めて対応させることだ。異論はないか?」
これについては当然、全会一致だ。本土に待機している魔女達はテノチティトランに集まられる。総勢1万近い数だ。
「それで、どうするつもりなんだ? クバナカン島を叩く手段がない以上、我々はいつでも空爆を受ける可能性があるのだぞ?」
陽公シモンはオーギュスタンに尋ねた。講和に応じない限り爆撃が続くことは、誰の目にも明らかであった。
「例え制海権を手にしたとしても、堅固に要塞化されたクバナカン島の奪還は現実的ではない。ならば、爆撃のある度に魔女を遣って被害を抑え続けるのがよかろう」
「延々と爆弾が振り続けるんだぞ? いくら何でも臣民の身が持たない」
「爆撃など恐るるに足らずと臣民に知らしめればよいだけのこと。今回の爆撃はよい試金石となるだろう。我々は惰弱なダキア人とは違うのだ」
かつてダキア大公国は爆撃によって士気を大いに削がれ、内部崩壊に至った。だが、それは彼らに空襲に対処する魔法が足りなかっただけのこと。オーギュスタンはそう確信し、このテノチティトランへの空襲でヴェステンラント軍の能力を世に知らしめることを画策している。
○
翌日。ゲルマニア軍の16機の爆撃機が予告した時間通りにテノチティトランに到達した。爆撃部隊を指揮するのはシグルズである。万が一の事態が起こっても対処出来るだろうと期待され、指揮官に選ばれてしまった。
「えー、諸君、僕達の目的を人殺しではない。ゲルマニア軍の能力を敵に示すことである。民間人への被害は最小限に抑えること、くれぐれも忘れるな」
空爆はテノチティトランの指定された区画にのみ、少数の焼夷弾を投下する。
「それにしても、美しい都市だな……」
テノチティトランは言わば、湖上に浮かぶ都市である。巨大な湖の上にいくつかの島のような区画が造られ、その上に建物が整然と並んでいる。湖面は陽光を反射し、都市全体が光り輝くようだ。そして中央には巨大な石造りの宮殿があり、都市全体がまるで一つの宗教施設のようである。
「ここは先住民が建設した都市をそのまま使っているらしいぞ」
オーレンドルフ幕僚長は応える。この爆撃機にはシグルズとオーレンドルフ幕僚長とヴェロニカが乗っていた。
「なるほど。白人など足元にも及ばない建築だな」
「我々のような武器を造る技術しかない野蛮人とは、考え方が違うのだろうな」
「野蛮とは一体何なのでしょうか……」
野蛮という言葉の定義がよく分からなくなってきたヴェロニカであった。
「シグルズ様、まもなく目標地点に到達します!」
「よし。全機、投下の用意をしろ!」
「目標まで残り、3、2、1――」
「投下!」
爆撃機の後部から数個の焼夷弾が落とされる。もちろんやろうと思えばこの何倍もの焼夷弾を搭載出来るが、今回の目的は攻撃ではない。
ヒューヒューと音を立てて落下した焼夷弾は、地上に到達すると粘性の高い燃料を撒き散らし、赤橙の炎を上げる。予定通り、炎上したのはテノチティトランの中心近くのごく一部であった。
「任務は完了だ。総員、クバナカン島に帰還する」
一旦テノチティトランを通り過ぎて旋回し、クバナカン島への帰路につく。再びテノチティトランの姿が見えてきた。
「あ、あれ、シグルズ様、テノチティトランに炎が見えないのですが……」
ヴェロニカは真っ先にそれに気付いた。
「何? ……本当だ」
先程燃やした筈の場所に炎はもうなかった。まだ数分しか経っていない筈。よく見ると建物はそれなりに崩れているから、炎が後から消されたことは間違いない。
「焼夷弾の炎を一瞬で消したのか……。ヴェステンラントにそんな能力が?」
「土の魔女を動員して炎を砂で覆い尽くせば、消火は容易だろう」
「そんなに魔女が本土に残っていたのか」
早速空襲が無意味である予感がしたシグルズであった。
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