平和の形Ⅱ

「大国に拒否権を含む強力な権限を与えるというのは、枢軸国を現実的に機能させ得る現実的な方策ではあります。しかしながら、そうした場合、拒否権を持つ大国の蛮行に大して何の対処も出来なくなることは、容易に予想出来ます」


 かつて地球に存在した不完全極まる国際機関もどき、国際連合の辿った末路を、ザイス=インクヴァルト大将はもう予想していた訳だ。拒否権を持つ大国が侵略戦争などを行った場合、それを止める手段がないのである。


 20世紀から22世紀の地球ではアメリカ合衆国が拒否権を濫用し、世界各地で乱暴狼藉の限りを尽くし、最終的に国際連合の解体とアメリカを抜きにした新国連の成立に至った。


「うむ……確かにそうだな。その方法では、軍部の目的は全く果たせないな」

「はい。ですので、やはりこれ以上の妥協は不可能です。何らかの具体的な安全保障政策がない限り、軍部はヴェステンラントを屈服させる為、戦争を遂行し続けます」

「ならば、拒否権はその国に関する問題については適用出来ない、とかにすればいいのではないか?」


 ヒンケル総統は今まさに思い付いたことを提案してみた。


「それが正しく機能するのならば、問題はないでしょう。しかし現実的には、ある問題がどの国に関することなのかを、誰が判断するのか、それが問題になります。結局のところ恣意的な判断になることは避けられないでしょう。ヴェステンラントならば、そのことまで予見する筈。拒否されることは明白かと」


 制裁を下せる対象を恣意的に決定出来る存在がいる時点で、ヴェステンラントはやはり枢軸国への加盟を拒絶するだろう。


「そうか…………」


 全く平和への具体策が出てこない会議。が、そこでリッベントロップ外務大臣が口を開く。


「我が総統、ここはガラティア帝国に一役買ってもらえばいいのではありませんか?」

「ガラティアに?」

「ええ。中立、というよりヴェステンラント寄りのガラティアにも大きな権限を与えることにすれば、ヴェステンラントが不当に不利になることはないかと」

「それはつまり、ガラティア帝国も枢軸国に加盟させるということか」

「そうするのが理想的かと」

「つまり……この世界戦争を一度に終わらせてしまうということか」


 ガラティアは大八洲と戦争中である。大八洲は枢軸国に加盟しているから、ガラティアが入れば全ての戦争当事国が枢軸国に入ることになる。つまり戦争の終わりだ。


「お言葉ですが、ガラティア帝国が大八洲との和平に応じるとは思えませんな」


 ザイス=インクヴァルト大将は即座にリッベントロップ外務大臣の提案を否定した。


「そうでしょうか? 今や潮仙半嶋の戦争は完全に泥沼化しています。ガラティアとしてもちょうどいい引き際を探しているのではないでしょうか」

「ガラティアの皇帝、アリスカンダルは、そんなことで戦争を止める男ではありますまい。彼の野望は世界を文字通り端から端まで支配すること。それが叶うまで、彼の歩みは止まらないでしょう」

「それは名目に過ぎないのでは? 実際のところは唐土における権益の為に戦争を継続しているものかと」

「逆ですな。権益というのは対内的な名目。世界の打通こそが彼の本当の目的です」

「そんな馬鹿な」

「まあ、これは軍部の見立てですから、本当とところは神のみぞ知ることです」


 アリスカンダルの心の中なぞ、誰にも分からないだろう。だが、それがゲルマニアの戦略を大きく左右することは間違いない。


「両者の言い分は分かった。取り敢えず、ガラティア帝国の意思を確認することが必要なようだな。リッベントロップ外務大臣、ガラティアとの折衝は頼めるか?」

「無論です。この話をここで凍結して下さるのなら、早速行って参りますが」

「そうしてくれたまえ」


 リッベントロップ外務大臣は足早に会議を去った。自分でガラティア帝国に赴くつもりであろう。彼が帰ってくるまでこの話は凍結である。


「それでは、待つとしますか」

「そうだな」


 ガラティア帝国の意向が分からない限りは話の進めようがなく、会議はお開きとなった。


 ○


 さて、リッベントロップ外務大臣がガラティア帝国を訪問している間、ザイス=インクヴァルト大将に通信がかかってきた。


「大将閣下、ハーケンブルク少将閣下より、閣下と急ぎ話したいとの通信が入っております」

「ふむ。繋げ」

「はっ」


 シグルズがザイス=インクヴァルト大将に直談判しに通信をかけた。


『――わざわざお話に応じて頂き、ありがとうございます』

「ああ。それで、何の用かね?」

『ヴェステンラントに拒否権を与えるという提案が上がっていると噂に聞きましたが、本当ですか?』

「そんな噂をどこから聞いたんだ? まあ、事実だ。提案されているが、通るかは不明瞭だし、私は反対だがな」

『そうでしたか。それならよかったです。僕はそのような方針に断固として反対なので』

「君にそんな理由があるのか?」

『ええ。拒否権など与えたらヴェステンラントの侵略戦争を食い止めることが出来ません』


 シグルズはそのような枢軸国のあり方はあり得ないと、ザイス=インクヴァルト大将に力説した。

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