平和の形

 舞台は再び七公会議に戻る。


「えー、皆さん、ゲルマニアからの返答がありました」


 宰相エメは集まった七公にゲルマニアからの要求を告げた。曰く、クバナカン島を割譲するか枢軸国に加盟するか、いずれかの条件が満たされない限り、講和は不可能であるとのことであった。


「――ということです。では後はオーギュスタンが勝手に仕切ると思いますのでよろしくお願いします」

「ああ。ゲルマニアも面白い要求をしてくるものだな」

「これはどういう意図があるんでしょうか」


 クロエはオーギュスタンに尋ねた。特に政治的な意図はなく、単なる質問である。


「簡単なことだ。ゲルマニアは我々の手足を鎖で縛ろうとしている。クバナカン島を要塞化して我々を掣肘するか、枢軸国に加盟させて戦争を違法にするか、だ」

「なるほど。安全を求めるのは当たり前のことですね」

「ああ。安全保障は全ての国家の最も根本的な役割だ。だが、だからこそ、私は断固としてこの提案を呑むことは出来ない。我が国の戦争の権利を侵害することは、我が国に宣戦布告をするも同義である」

「あなたならそう言うと思いましたよ、オーギュスタン」


 オーギュスタンはやはり、ゲルマニアからの提案のどちらも吞むことが出来なかった。ヴェステンラントの外交自主権がいかなる形であれ侵害されることは許容出来ないのである。


「まあ、これは私個人の意見だ。逆にどちらかであれば受け入れられるというものは?」

「私は変わらず、クバナカン島の返還と引き換えに枢軸国に加盟することに賛成するぞ。戦争をしなくてもいいような国造りを、我々はすべきだ」


 シモンは枢軸国への加盟には賛成である。


「他はどうかな?」


 七公の意見は特に変わりなかった。クバナカン島の割譲については全会一致で反対であり、枢軸国への加盟に是非を問えば反対多数で否決されてしまう。結局、結論は変わらない。


「では、ゲルマニアにはいずれも受け入れることは出来ないと伝えてよろしいですか?」


 エメが最後に一言確認する。七公は皆、黙って首を縦に振った。


 ○


「我が総統、ヴェステンラントからの返答です。クバナカン島の割譲、枢軸国への加盟、いずれも到底受け入れ難しとのことです」

「ダメだったか……」


 一縷の望みを託して提案した和平案はあっさりと否定された。ヒンケル総統は落胆せざるを得なかった。


「これで軍部の希望を通すことは否定された訳か……」

「であるのならば、軍部としてはヴェステンラントが屈服するまで戦争を遂行することをご提案せざるを得ませんな」


 ザイス=インクヴァルト大将は冷淡に言い切った。帝国の安全保障環境が整わないのなら、講和を受け入れることは出来ない。戦争は継続される。


「軍部はどうしても、受け入れられないのか? 他に妥協案はないのか?」

「受け入れられません。そもそも、安全が保障されなければ、すぐに次の戦争が起こり、帝国は今より更なる負担を強いられることとなりましょう。恐らく10年や20年程度の後に。それでよいと仰るのならば、講和条約でも何でも結べばよろしいでしょう」

「うむ……」


 少なくとも軍部はこう考える。ヴェステンラントの行動を強く制限する手段が用意出来ないのであれば、根本的に分かり合えないヴェステンラントと再び殺し合うことは避けられないと。そしてその戦争は、今より更に苛烈なものになるであろうと。


「お、お言葉ですが、これ以上の戦争に帝国は耐えられません!!」


 クロージク財務大臣は必死で訴える。帝国の隠れた窮状を誰よりも知る彼だからこそ、何としても戦争に終結を訴えるのだ。だが、ザイス=インクヴァルト大将にはあまり届いていない様子。


「なるほどなるほど。財務大臣殿の言い分はよく分かりました。しかし、先程私が申し上げたことをもうお忘れになったのですか? もしも平和を確立することが出来なければ、今よりもっと破滅的な戦争が待っていることでしょう。現状で破産寸前の帝国の財政が、その時に耐えられるとお思いですか? あー、それとも、その時は自分は大臣ではないから別に構わないとでも?」

「そ、そんなことは…………」


 クロージク財務大臣はザイス=インクヴァルト大将の剣幕に何も言い返せなかった。


「大将、その辺にしておきたまえ。大人げないぞ」


 ヒンケル総統は場を無理やり収めた。


「申し訳ありません、我が総統」

「軍部には何か妥協案はないのか? 君のことだ。何か思いついているんじゃないのか?」

「……ええ、確かに、妥協案はなくもありません。ヴェステンラントに強い権限を与える形に枢軸国を作り変えるのです」

「どういうことだ?」

「具体的には、一部の大国に動議に対する拒否権を与えます。大国の同意がなければ枢軸国として行動出来ないような組織であれば、ヴェステンラントも受け入れるかもしれません」

「なるほど……」

「とは言え、自分で考えておいてなんですが、私はこれに反対です」

「そうなのか?」


 ザイス=インクヴァルト大将はあくまで可能性としてこの提案をしただけであった、拒否権を支持している訳ではないのだ。

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