皇華同盟Ⅱ

「そういうことだ、総統。断る理由はあるまい。盟を結ぼうではないか」

「ちょ、ちょっとお待ちください、陸奥守殿。いくら何でもそれは性急かと」

「そうか? では何から決める?」

「同盟の内容が何もないではありませんか。まずはそこから決めませんと」

「はははっ! そうであったな。まだ何も決めておらぬ」


 ふざけているのか馬鹿なのか判断しかねる態度である。しかし、大八州の混乱を完全に収めて見せたこの男が愚鈍である訳はないのだ。


「とは言え、西と東の端にある国同士。直接に協力し合えることはそう多くはなかろう」

「左様ですな」

「であれば、まずは両国の通信を整備しようではないか。互いに情報を通じれば、互いに敵は同じ、離れた地にあっても協力が出来よう」


 情報交換と戦略目標の共有。それによって世界的な戦略の元で戦争指導を行うことが出来る。遠く離れた国同士が協力するには理想的な関係だ。


「なるほど。ザイス=インクヴァルト大将、どう思う?」

「はい。互いの国に常に駐在武官を配置し、連絡を密にするがよろしいかと」

「通信の為だけの組織を作るのか」

「そういうことです。陸奥守殿はこれでいかがですかな?」

「うむ、よい。左様にせよ」


 同盟の最大の意味は、この情報交換体制だろう。


「それともう一つ。これはこちらからの頼み事であるが、船を造れるものを何人か貸してはくれぬか?」

「船? それはどういう了見でしょうか?」

「我らは今、鉄の船、貴殿らが戦艦と呼ぶものを造っておる。が、どうも難儀していてな。少々力添えを頼みたい」

「そ、それは……」

「どうだ?」


 晴政はどうということもなさそうに問うが、ゲルマニアにとっては一大事である。ゲルマニアが独占していた圧倒的な軍事力を大八州が今にも保有しようとしているのだから。大八州の戦艦が完成すれば、この戦争の最中ならば強力な味方になるだろうが、戦争が終われば恐るべき敵となるだろう。


「大八州で戦艦を建造しているとは、初耳なのですが……」


 珍しくたじろいでいるヒンケル総統。だが晴政は全く遠慮しない。


「ああ、確かに言ってはいなかったな。すまんすまん。しかし、船の設計図をくれたのはそちらでないか」

「確かにそれはそうですが……戦艦を建造するとなれば、少しは教えて欲しかったものですな」


 まさか大八州人を舐めていたとは口が裂けても言えない。


「次からはそうしよう。それで、どうだ? 人を貸してくれるか?」


 断れる理由はない。


「ええ、喜んで。その程度のことならお安い御用ですとも」

「感謝する。とまあ、俺から言いたいことはこれくらいだが、他に何か?」


 その後、大きな問題はなく、同盟の締結はほぼ確実となった。ゲルマニアとしては皇帝の勅許を得なければならないので絶対とは言えないが、まあ皇帝が拒否することはないだろう。


「それでは、正式な返事は後日に待っているぞ」

「はい。暫しお待ちください」

「そうだ。せっかくだから、同盟に何か名前を付けようではないか」

「名前、ですか。ふむ……陸奥守殿は何か考えが?」

「いや、思い付きで言ったまでだ」

「左様ですか。では諸君、何かいい案はないか?」


 ヒンケル総統は会議場の人々に尋ねる。


「では閣下、よろしいでしょうか?」


 すかさず名乗りを上げたのはシグルズである。


「よいぞ」

「おお、シグルズか」

「はっ。同盟の名と言うよりは我々の名ですが、枢軸国と名乗るのはいかがでしょうか?」

「枢軸国、か……。さしづめ、我々が歴史の軸となるという意味か」


 ヒンケル総統はすぐさまシグルズの意図を汲み取った。


「ええ、そのような意味です」

「よいではないか、シグルズ。決めたぞ。これより我ら大八洲とゲルマニアは、枢軸国である。何ともいい響きではないか」

「あ、どうも」


 かくして言い出しっぺの晴政が気に入ったということで、晴れて枢軸国の結成が決まったのであった。


 〇


 ACU2314 7/29 帝都ブルグンテン 総統官邸近郊


「――私はここに、大八洲皇国と信義の盟約を結び、共に枢軸国を結成することを宣言する! 今より、大八洲とゲルマニアは盟友である! 力を合わせ、ヴェステンラントの侵略者を完膚なきまでに粉砕するのだ!」


 国家の大事とあって、ヒンケル総統は数万の群衆の前で、その決定を高らかに読み上げた。


「枢軸国、万歳!」

「「「枢軸国、万歳!!!」」」


 更に磐石な戦争遂行体制に、民衆は概ねこの同盟を歓迎しているようであった。


 〇


「――我が総統、早速のご提案なのですが、枢軸国は決して2ヶ国の同盟に留まるべきものではありません」


 シグルズはその日すぐにヒンケル総統と話し込んでいた。


「と言うと?」

「ルシタニアやブリタンニア、キーイ大公国、更には東亞諸国などを組み込んで、世界的な組織に枢軸国を成長させるのです。それがひいては、次の戦争を抑止する力となるかと」


 まあ戦争を抑止するというよりは、秩序から逸脱した存在を袋叩きにするのが主であるが。


「次の戦争など、話が早いんじゃないか」

「こ、これは失礼を。しかしより多くの国を一つの指揮系統に纏めあげることが出来れば、よりよい戦争遂行が可能になること、間違いありません」

「国の上に立つ組織、か。面白い発想だ」


 ヒンケル総統はかなり興味を持ってくれたようだ。

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