皇華同盟

 ACU2314 7/25 帝都ブルグンテン


 煉瓦造りの巨大建築、蒸気の力で動か巨大機械が並ぶ工場と、そこから吹き出す排煙。その間を歩く人々は工業化によって量産された小綺麗な人工絹の服を纏い、一部の者は自動車を使っている。


 そんなゲルマニアの帝都に、東方の着物を着て刀を腰に提げた数十の人々が堂々と練り歩く。その真ん中には数人が持つ籠があった。それを先導するのは、彼らとは全く対称的な格好をしたゲルマニアの兵士達である。


「お言葉ですが、もう少し人払いをして頂きたかったものです」

「申し訳あれません、片倉様。何分、つい先日の一見がありました故、民の扱いには慎重にならざるを得ず……」


 伊達家の重臣、片倉源十郎は隊列の先頭を兵士達と共に歩いていた。苦言を呈しているのは、ゲルマニア人達が彼らを奇異の目で見つめてくることに対してだ。本来なら通行路を空けておくべきなのだが、警察や軍は先日の暴動のせいで民衆を統制することに及び腰になってしまっているのである。


「まあ、我ら伊達家の高貴なる姿を人目見ようとする者がいるのも納得は出来ます。此度は許しましょう」

「は、はぁ……」


 かくして、まるで閲兵式のように人の目を惹きながら、大八洲人の一行は、帝都中央の官庁街に到着した。


「こちらが総統官邸になります」

「おや、この国の長の居城ともなればさぞかし立派かと思っておりましたが、案外そうでもないのですね」


 以前ノエルがブルグンテンまで攻め込んだ時、総統官邸は破壊された。結局ヒンケル総統はその地下会議室を使い続け、地上部分には慎ましやかな1階建ての、民家とも間違えられる程度の建築しかないのである。


「――なるほど。そういう事情が」

「え、ええ。とにかく、我が総統はあそこで待っております」

「はい。参りましょう」


 総統官邸に一行が近付くと、伝令の兵士が官邸の中に入っていった。と同時に、籠が地面に下ろされる。


「ふぅ。疲れた疲れた。自分の足で歩いた方がよほど楽だな」


 晴政は伸びをしながら、全く威厳というものを感じさせない立ち居振る舞いで姿を現した。服装だけは立派であるが。


「晴政様、出来るだけ総大将らしく振舞ってください」

「もうヒンケルとやらはすぐそこにいるのだろう? であれば、遠慮する必要はあるまい。その者に見る目があるのなら、な」

「はぁ」


 晴政はずかずかと総統官邸に向けて歩く。扉の手前まで来た時、扉は内側から開かれた。


「これはこれは伊達陸奥守殿、ご足労頂き面目ない」


 ヒンケル総統は晴政に一礼した。


「貴殿がヒンケル総統か」

「いかにも。神聖ゲルマニア帝国が総統、アウグスト・ヒンケルと申します」

「改めて名乗ろう。俺は伊達陸奥守晴政だ。よろしく頼もう」

「ええ。よろしくお願い致します」


 両名は軽く握手を交わすと、早速いつもの会議室に向かった。晴政が話を手っ取り早く進めたいからと、いきなり本会議に臨むことを希望したからである。


 すぐに到着した会議室。そこにあった人々は隻眼の尊大な男の登場に少しばかり驚いたようであったが、そんな態度はすぐに隠した。


「改めて、伊達陸奥守殿、このような遠国の地まであえて出向いて頂き、誠にありがたい」

「何、気にすることではない。俺は今のところは諸大名と同格であるし、たまにはこちらから出向かないと、礼を失するというものであろう」


 その本人が全く礼儀を気にしていないのは置いておいて、確かにこれまでのゲルマニア、大八州の交渉では、いつもゲルマニア側が代表団を送っていた。たまには大八州から使者を送らねばならないというのは道理に適っている。


「――さて、俺がここまで来たのは他でもない、本朝と貴国が盟を結ばんが為。色々と話には聞いておる。貴国はこれより、ヴェステンラントに攻め入るつもりなのだな」

「ええ。そうなりました」

「その軍配を振る者は、貴殿か?」


 晴政はザイス=インクヴァルト大将に視線を向けた。一目でその男こそがザイス=インクヴァルトであると見抜いたのである。


「いかにも、私がヴェステンラント征伐の指揮を執りますヴィルヘルム・オットー・フォン・ザイス=インクヴァルトと申します」

「うむ、やはりか。いかにも表裏比興の者といった風貌であるな。ふははっ!」

「それはそれは。出来るだけ親しみやすい人柄であるように心がけているのですが。それで、私に何の御用でしょうかな?」

「貴殿に問いたい。貴殿は本朝を援護せんが為にヴェステンラント征伐を目指すのか?」

「ええ、その通りです。大八州が苦境に立たされていることは存じております。であれば、我々に手をこまねいている暇はありません。ヴェステンラント本土に攻め込み、その兵力を一手に引き受けて見せましょう」

「本当にそんなことが能うと思うのか?」

「我が軍の力を以てすれば、造作もないことです」

「面白いことを言うではないか。であるのならば、本朝と盟を結ぶは互いの益となろうな」

「ええ、まさしく」


 ザイス=インクヴァルト大将の真意がどこにあるのかは、誰も知らない。

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