混乱Ⅱ
ACU2314 7/21 帝都ブルグンテン 総統官邸
「我が総統、大変です! ウィンドボナにて暴動が発生し、軍と衝突しました!」
「何!? こちらから手を出したんじゃないだろうな?」
「は、はい。民衆の側が説得に当たっていた部隊に攻撃を仕掛け、やむを得ず発砲したとのことです」
「ついに、そうなってしまったか……。そんな大きな事件が起これば、すぐにでも帝国中に知れ渡るだろう。もう引き返せないところまで、来てしまったな……」
ヒンケル総統は大きく溜息を吐いた。ここまで来てしまったら、民衆の要求を受け入れるか、民衆を武力で鎮圧するかのどちらかしか、選択肢はない。
「総統、どうなされますか? もう、決めなくてはなりません」
「ああ。だが、私はもう決めている。すぐに諸将を集めてくれ」
「ははっ。直ちに」
ヒンケル総統は上層部の人間を集め、前置きもなく告げる。
「――諸君、私は臣民の要求を受け入れることにした。即ち、帝国はヴェステンラント大陸に侵攻するのだ」
「ほ、本当ですか、閣下……?」
クロージク財務大臣は全く信じられないといった口調で尋ねる。
「本当だ。我々は新大陸に出兵する」
「恐れながら、和平の大方針は皇帝陛下のご聖断にありますれば、それを曲げるというのは、こんな場所で決めていいことではありますまい」
ザイス=インクヴァルト大将は嫌味っぽく言った。
「分かっている。だから、私が皇帝陛下の許に行き、許しを得てくるつもりだ。だがその前に、諸君の同意を得たいと思ってな」
「なるほど。まあこの状況であれは、反対する者などいないでしょう」
大将は和平派の人々を一瞥した。相変わらず性格の悪い男である。
「そう、だな。最早我々は、臣民の要求を受け入れざるを得なくなってしまった。皆、納得してくれるな?」
一歩間違えば内戦の危機。戦争の拡大しか、帝国政府に選択肢はなかった。
「では、内々に準備を進めてくれたまえ。私は皇帝陛下に謁見してくる。解散だ」
かくして帝国は新大陸出兵へと舵を切った。皇帝は少々の難色を示したが、最終的にはヒンケル総統の献策を受け入れた。そして帝国全土に、国策の大転換が告示されたのであった。
「我が総統、各地の暴動は、急速に沈静化しつつあります」
「そうでなくては困る。彼らは目的を果たしたのだから」
戦争の継続が発表されたことで、それを目的としていた各地の暴動は瞬く間に消滅したのであった。
〇
「さて、ヴェステンラント出兵の準備は西部方面軍に任せるが、必要な支援があれば何でも要求してくれて構わん。ここで言っておきたいことはあるか?」
ヒンケル総統はザイス=インクヴァルト大将に尋ねる。
「それでしたら、お言葉に甘えまして、海軍には戦艦を可能な限り早く完成させて頂きたい。ヴェステンラント大陸までの広大な海域の制海権を確保するには、少しでも多くの戦力が必要です」
「うむ。シュトライヒャー提督、それかクリスティーナ所長、これについてはどうだ?」
「はい、では私から」
クリスティーナ所長は言う。
「二番艦ブリュッヒャーについては、造船所に入れば1週間もすれば完成します。三番艦プリンツ・オイゲンについては、完成までは2ヶ月はかかるというところです」
「2ヶ月か。もう少し早められんのか?」
「これでも死人が出るくらい急いでるんです。これ以上は、無理です」
「分かった。では2ヶ月後、プリンツ・オイゲンの完成を、ヴェステンラント侵攻の目安としよう」
ザイス=インクヴァルト大将としては、可能な限り早く出兵を行いたい。大八洲が戦争から離脱せざるを得なくなった場合、勝算が絶望的に少なくなるからである。
「それと、突撃銃の方はどつなっているのかな?」
「あれもルシタニアの力を借りて、全力で製造しています。各師団に突撃銃大隊を配置するという閣下の構想には、まあ間に合うかと」
「よろしい。感謝する」
今度も50万人程度で攻め込むが、その全員に行き渡らせる突撃銃を確保するのは不可能である。そこで、各師団の10分の1程度に突撃銃を配布することで、重騎兵の攻撃に対し最低限の抵抗を行えるようにするというのが、ザイス=インクヴァルト大将の作戦であった。こちらは問題なさそうである。
と、その時であった。
「失礼いたします。我が総統、ブリタンニア共和国から通信が届いております」
伝令が会議室に駆け込んで来た。
「内容は?」
「ヴェステンラント出兵となれば、ブリタンニアはゲルマニアに最大限の支援を約束するとのことです。具体的にはまず、可能な限りの輸送船を供与するとのこと」
「可能な限りとは何隻だ?」
「戦列艦規模の輸送船を100隻以上供与することが可能であると、申しております」
「戦列艦ではなく輸送船、なのか?」
「閣下、戦列艦など今や時代遅れもいいところです。であれば、武装を取り払い輸送船にした方が、建造に手間も時間もかからず、有用でしょう」
「なるほどな。流石はクロムウェル護国卿だ」
海洋大国ブリタンニアの全面協力を得られるのなら、もう少し多くの兵力を送り込めそうだ。
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