王国崩壊Ⅱ

 ACU2314 6/28 第十一砦


「殿下、一大事です! クレイグ・フォトリグでこのようなことが」


 伝令は言葉でそれを伝えることも躊躇い、急ぎで作った報告書をクロエに差し出した。


「はい、お疲れ様です」


 クロエはすぐに報告書に目を通した。そこにはブリタンニア国王自らがヴェステンラント軍を裏切ると宣言したのだと書いてあった。果たしてそれを裏切りと呼ぶべきかはよく分からないが、ともかく、クロエが心血を注いで保護してきた大義名分は、手の内から零れ落ちたのであった。


「こ、これは……」

「クロエ様、何があったのですか?」


 顔を真っ青にしているクロエにマキナは心配そうに尋ねた。


「……とりあえず、あなたにだけは知らせておきます」

「はい」


 マキナはクロエから件の報告書を渡された。


「なるほど。そのようなことが」

「どうしましょう。私達は今や、敵地に取り残されているようなものです。それもゲルマニア軍に完全に包囲されて絶体絶命という状態で」

「クロエ様、敵地で戦うなど、少し前までは当たり前のことでした。そう恐れることはありません」

「え、ええ、まあ、そうですね」


 確かに現地に傀儡政権を建てるなど、ここ1年でやり始めたことに過ぎない。そんなものには頼らずに戦うのがヴェステンラント本来の流儀だ。


「では、あなたはブリタンニア王国を滅ぼせと言うのですか?」

「私達の障害となるのなら、そうしましょう。そして残念ですが、ブリタンニア島は早々に放棄せざるを得ないかと」

「…………確かに、そうかもしれません」


 唯一の味方が敵に回り、最早戦線を維持することは不可能だ。しかしヴェステンラント軍として、エウロパの拠点を完全に失うことは許容し難い。


「しかし、ここを失えば、ゲルマニアに侵攻する足がかりが完全に失われてしまいます。別にブリタンニアなんてどうなってもいいんですが、それだけは、認められません」

「クロエ様、お言葉ですが、今の我が国にゲルマニアを滅ぼせるような力があるとお考えですか?」


 マキナは説教でもするように言った。


「そ、それは……」

「少なくとも今の世界情勢を見るに、例えブリタンニア島を保持することに成功したとしても、それは全く不可能です。寧ろゲルマニアがヴェステンラント本国に侵攻する危険性こそを案ずるべきです。女王陛下も現実的にはそれへの備えを進めています」

「マキナ……。つまり、ブリタンニア島は今すぐ捨てて、兵力を本国に逃がすべきだと?」

「はい。ここにあるのは数こそ少数ながら、精鋭たる重騎兵です。これを失うのは我が国の軍事力に大きな影を落とすと思われます」

「それは、そうですね。その通りです。このままダラダラと戦い続けてゲルマニア軍に追い詰められるよりは、今すぐ脱出する方が賢明です」

「はい。私もそのように存じ上げます」


 クロエとマキナは結論に至った。ブリタンニア島を守る意味も時間を稼ぐ意味も、今は完全に消え失せた。故に基幹戦力たる重騎兵は、一刻も早く脱出させないといけない。


「クロエ様、諸将にはどのように伝えましょうか?」

「あったことを全て伝えてください。そうすれば皆もこの方針に納得してくれるでしょう。全軍をクレイグ・フォトリグに集結させます。ブリタンニア人が邪魔をするようならば、排除して構いません」


 臨時首都にはヴェステンラント艦隊が停泊している。全ての防衛線を放棄して逃げるのだ。


「しかしクロエ様、国王はどう処分しましょうか?」

「ああ、そう言えば。国王は今、どうなっているのでしたっけ」

「国王は変わらず王宮にいます。首都にあった我が軍がとりあえず立ち退いているところです」

「それもそうですか。となると、困りましたね」


 確かにクレイグ・フォトリグは元よりブリタンニアのものだ。今はヴェステンラント軍が追い出され、ブリタンニア国王が居座っているという状況だ。


「臨時首都は撤退作戦に必要不可欠です。残念ですが、近隣の部隊で制圧してください」

「はい。捕らえた者はどうしましょうか?」

「ブリタンニアは今や敵国です。ただの捕虜として遇するだけです」

「はっ」


 かくしてヴェステンラント軍はあっさりとエウロパからの全面撤退を決定したのであった。


 〇


 ACU2314 7/2 ブリタンニア共和国 エドウィンスバーク


「閣下、ヴェステンラント軍が全方面において兵を退いているようです」

「ほう。詳しく聞かせろ」


 ヴェステンラント軍の動向はすぐにザイス=インクヴァルト大将に伝わった。


「――なるほど。どうやら敵はブリタンニアを放棄することにしたようだ」

「ブリタンニア国王が寝返ったからと言って、そう簡単に捨てられるものでしょうか?」

「敵にとって不利益が利益を上回ったのだろう。私とて、同じ状況なら同じ判断を下す」

「な、なるほど」

「敵が全力で逃げるのならば、地上から追いつくのは難しいだろう。敵は船で逃げる。海軍に出撃を要請しろ。奴らは海の上で葬り去る」

「はっ!」


 ザイス=インクヴァルト大将は自らの手柄に拘らず、海軍に逃走するヴェステンラント軍の殲滅を任せることにした。

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