王国崩壊

 ACU2314 6/28 第十一砦


 第十一砦は十数の城壁が並ぶ堅固な砦であり、シグルズ率いるゲルマニア軍とクロエ率いるヴェステンラント主力が激闘を繰り広げていた。ヴェステンラント側は徐々に防衛線を破られながら押されているものの、ゲルマニア軍にも決定的な打撃力は不足していた。


 そんな中、クロエとシグルズはまたもや睨み合っていた。クロエは両手に剣、シグルズは両手で機関砲を構えている。


「そろそろ諦めて帰ったらどうですか? 兵の疲労も限界でしょう」

「僕達の方が確実に押している。いずれ負けるのは君達だ。無意味な犠牲が少ないうちに降伏した方がいいと思うけど?」


 双方、全く退いてやる気はなかった。


「はぁ。結局、言葉による交渉は無意味なようですね」

「それが出来るのならば最初から戦争なんて起こっていないさ」

「確かに、それも道理ですね」


 対話の無意味さを再確認したところで、クロエは決闘に突入しようと剣を構えた。が、シグルズにその気はないようだった。


「おや、どうしたんですか? ここで殺されてくれるんですか?」

「その気はないけど、君に見せたいものがあってね。ちょうど今日のこの時間くらいに見えるそうだから」

「? 一体何のつもりですか?」

「お、来た来た。空を見るといい」

「空……」


 クロエは訝しみながらシグルズが指さす先を見つめる。するとその先には、巨大な鳥のような黒い物体が複数、隊列を組んで遥か上空を飛行していた。


「爆撃機、ですか」

「ああ、そうだ。ザイス=インクヴァルト大将に頼んでブリタンニア島に飛行場を建設してもらってね。今ならブリタンニア島のどこでも爆撃が出来るってことさ」

「あの方向は、目標はクレイグ・フォトリグですか?」

「そうだ。あの惰弱な国王が王都を爆撃なんてされたらどうなるだろうね?」


 シグルズは悪人の微笑みを浮かべた。ダキア大公国のピョートル大公相手には通用しなかったが、ブリタンニア国王ジョン=リチャードならば震え上がるに違いない。


「それでブリタンニア王国が崩壊するとでも?」

「そうなってくれると、僕としては嬉しいね」

「そんなことはさせませんよ」

「ほう? 国王の意思を捻じ曲げるつもりかな?」

「国王陛下は私達がお守りするだけです」


 余裕ぶりつつも、クロエは内心では焦りに焦っていた。


 ○


 ACU2314 6/28 クレイグ・フォトリグ


 第十二砦にて目撃された爆撃機の編隊は、その数十分後にはブリタンニア王国の臨時首都であるクレイグ・フォトリグで確認された。爆撃機の襲来はここに来る前から分かっていたものの、ヴェステンラント軍に爆撃機に対処する能力はなかった。


「陛下、敵軍の爆撃機が向かって来ております。急ぎ、地下に避難を」

「わ、分かった。そうしよう」


 爆撃機の襲来が確実になると、国王と重臣達は王宮に設けられた地下壕に直ちに避難した。居心地の悪い地下壕に場違いに派手な服装をした貴族達と魔女達が立て籠もる。


「ゲルマニアは……ここを、爆撃するつもりなのか?」

「そのようにございます。ですがご安心ください。我々ヴェステンラントの魔女がある限り、陛下の御身にゲルマニア軍が触れることは、指先たりとも出来ません」

「そ、そうか。すまないな」


 しかし国王の心配事はそういう問題ではなかった。問題はゲルマニア軍が国王が死傷する危険性を承知の上でここを爆撃しようとしていると言うことだ。ゲルマニア皇帝からも国王ジョンは見捨てられたのであれば、この戦争が終わった後、彼の命の保証はない。


 すぐに爆撃が始まった。爆弾は地下壕のすぐ上で次々と爆発し、地震のような揺れが彼らを襲い、天井からは土煙が舞った。


「だ、大丈夫なのか……?」

「ご安心を。我々が魔法で天井や壁を支えておりますので」


 魔女達の言う通り、地下壕に損傷は全くなく、一人の負傷者も出なかった。やがて伝令が訪れ、爆撃機が完全に去ったことが伝えられた。


「陛下、このような狭苦しい場所からは早く出ましょう」

「あ、ああ、そうだな」


 国王は地上に出た。太陽の光に目が慣れ、その先に広がっていた光景は、瓦礫の山と化した王宮と王都であった。あちこちから煙が上がり、人々は家を追われ、多くの者が死んでいた。


「げ、ゲルマニアは、ここまで……」

「はい、陛下。ゲルマニア人とはこのような連中なのです。ですから我々は、何としてもこの地を――」

「も、もう、無理だ……」


 国王は弱弱しい声を出した。


「陛下?」

「こんなことはもうやってられん! 戦争は終わりだ! もう降伏する!!」

「へ、陛下!? お、お気を確かに! 我々は決して陛下を見捨ては――」


 その時、国王は短刀で魔女の胸を突き刺した。魔女は倒れ、死んだ。魔女達もブリタンニアの兵士達も、夢にも思わない光景に暫く呆然としていた。国王自身も自分の行動に吃驚しているようだった。


「へ、陛下、これは……」

「な、何を……」

「ヴェステンラント人は出ていけ!!」


 国王は家臣の誰も聞いたことのないような大声で怒声を発した。もう後戻りは出来ない。ヴェステンラントとブリタンニア人は決別した。

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