メアリーバラの戦い

 ACU2314 6/28 ブリタンニア王国 メアリーバラ


 ノエル率いるヴェステンラント兵3,000は、街道の左右に茂る木々の間に身を潜め、ゲルマニア軍を狩人のように狙っていた。


「ノエル様、敵軍の最後尾が見えました。ここが潮時であるかと」


 マキナは淡々と報告する。狭い街道でゲルマニア軍は細長くなって移動しており、ヴェステンラント軍もまたそれと同じくらい薄く広く展開していた。そして今、ゲルマニア兵10万の全てが、ヴェステンラント軍の罠の中にすっぽり収まったのである。


「ノエル様、今ならまだ退けます。それでも、攻撃を仕掛けますか?」


 ゲルタは最後の最後に確認する。3,000対10万という、いくら魔導兵が奇襲を仕掛けるとしても正気ではない兵力差での決戦を、ノエルは仕掛けようとしているのである。


「ああ、もう決めたんだ。奴らをここで叩く」

「はっ。ノエル様がそう仰るのならば、もう申し上げることはありません」

「そうか。では行くぞ。全軍、覚悟を決めろ!! 突撃!!」

「「「おう!!!」」」


 ヴェステンラント兵の鬨の声が山々の間に響き渡った。


 ○


「何事か!」

「い、一大事です! ヴェステンラント兵が至る所から現れています!!」


 10万のゲルマニア軍を指揮するは第4師団長でもあるハイドリヒ中将である。


「山中で奇襲を仕掛けるか。このような事態は想定している筈である。各自、敵軍を撃退せよ!」

「はっ!」


 奇襲にはうってつけの場所がひたすら続いている。ゲルマニア軍とてそれを想定していなかった訳ではない。歩兵も戦車も装甲車も、常に戦闘態勢を整えながら進軍しているのだ。


「閣下! ヴェステンラント軍の魔法により、部隊が大いに混乱しております!」


 魔女達は山中から火球や鉄塊などの魔法を叩き込み、生身の兵士達を大いに混乱させている。そしてその隙を突いて、重騎兵らが一気に山を下って来た。


 重歩騎兵はたちまちゲルマニア軍の陣形に乱入し、視界に映るゲルマニア兵を片っ端から斬り捨てる。標準的なゲルマニア兵の装備は未だに小銃であり、彼らに至近距離で対抗するのはとても不可能であった。


「突撃歩兵を前面に出すのだ! 物量で押し潰せ!」

「はっ!」


 一般の歩兵師団にも配備が進んで来た機関短銃。ハイドリヒ中将は貴重なこの武器を惜しまず投入することを命じた。白兵戦でこそ価値を発揮するこの武器によって戦況は好転したかに見えたが、やはり鉛の拳銃弾では貫徹力が足りず、返り討ちにされてしまう者が多数であった。


「メクレンブルク少将閣下、戦死されました!!」

「何と……。だが怯んではならん! 弾薬を使い切ってでも奴らを撃退せよ!」


 敵は五千にも満たない寡兵ながら、ゲルマニア軍は押されに押され、次々と部隊が壊滅していた。


「こ、このままでは統制が崩壊してしまいます!」

「耐えるのだ。いくら魔導兵とは言え、この数では限界があろう」


 ハイドリヒ中将の読みは正しかった。一時は圧倒的な暴威を振るったヴェステンラント軍も少しずつ討ち取られ、その勢いは加速度的に減衰していった。


「敵軍、退くようです!」

「追撃しようなどとは考えるな」

「はっ」


 かくしてほんの20分ほどの激闘は竜巻のように過ぎ去ったのであった。


「こ、これは何とも……」


 街道は死体と負傷者で溢れていた。勝利したと言うのに、その有様はまるで敗残兵のようだ。


「これでは進軍など不可能であるな」

「そのようです」

「我々はここで引き返すしかない。港まで撤退するのだ」

「よ、よろしいので?」

「問題はない。我々は十分に勝利している」

「はぁ」


 かくしてヴェステンラント軍はゲルマニア軍の部隊を一つ追い返すことに成功した。が、それはとても割に合わない勝利であったと言わざるを得ないだろう。


 ○


 魔導兵達もまた、敗残兵といった有様で山中を撤退していた。


「……何人生き残った?」

「お、およそ700人です」

「そうか。まあ、そうなっちまうよな」


 全滅と言ってもいい損害だ。4方向から攻め込んで来るうちの1つを撃退しただけと言うのに、これではもう戦えない。


「こ、こうなれば、残りの兵力を全て砦に集めて立て籠るしかないでしょうか……」

「まぁ、そうだな。それで奴らを追い返せばいいが……」


 残る兵力は2,000程度。機甲旅団がいないとは言え、これでゲルマニア軍を撃退することは、まあかなり厳しいと言わざるを得ないだろう。


「さて、まあ今は帰ろう。砦の建設を急がせろ。絶対に落ちない砦を造ってくれ」

「は、はい」


 ヤケクソでそう命じるノエルであった。


 〇


 ACU2314 6/29 ブリタンニア王国 第五砦


「隊長、敵の主力部隊です。ついに、来ました」


 第18機甲旅団の攻撃をスカーレット隊長が必死に防いでいた第五砦。先行していた機甲旅団に、ゲルマニア軍主力15万が合流したのである。


「そうか。ついに来たか。流石にもう無理だろうな」

「そ、それは……」

「敵はすぐに総攻撃を仕掛けてくるだろう。そこで損害を与えれば、この砦は放棄する。第四砦に撤退だ」


 絶望的な戦況にあっても、スカーレット隊長は少しでも時間を稼ぐのであった。

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